God bless you!~第14話「森畑くん、と」
全て、実体験
センター試験が、2週間後に迫る。
塾において、いつにも増して森畑のそっちの話が尽きない。
これは大した余裕なのか。居直りか。やけくそか。
今日は山下さんが居ないこともあって、俺1人が森畑に捕まっていた。
聞けば、受験が終わるまでは一切無し、とはいかず、彼女とは今も順調らしい。うらやましい限りだ。
が、
「ワンルームって台所が狭いだろ?そこで後ろからって正直キツイよな」
いきなり、これだった。
「風呂っていうより、最近トイレでヤった。当然オレが座ってんだけど。あ、こないださ、彼女が留守の時、その友達が来ちゃって。ちょっと綺麗な人で困ったけど、誘われちゃって仕方なく。これヤッたのは風呂だったな」
俺は冷静に聞いている。
周りは引いている。
思えば、山下さんに対してはそこまで露骨な話はしてなかった気がする。そこまで気を許されても正直困る話ではあった。たぶん、ここでは俺と森畑は同類に括られているだろうな。仕方ない。笑おう。
学校の仲間内では、付き合う相手の子は大体同じ年頃の子ばかり。
出てくる話は、似たような事ばかりで新鮮な驚きは段々無くなる。
OL彼女が相手の森畑のそちら話は、面白いというより、刺激が強すぎてクラクラした。
「内視鏡みたいなヤツがあんだけど、あれ好いらしいぞ」
内視鏡プレイ。さすが家が病院だけある。
色々聞いたが、道具には困らないようだ。
……ハッ。
そんな事に感心してる場合じゃない。
森畑の話は、誰かから聞いた、ではなかった。全て、オレがやったという実体験。どっぷりと、生々しい世界である。俺がここに来る前、こんな話を一体どいつが聞いていたんだ?と知りたくなる。
マニアックな追求が忙しいのは分かった。
だけど、そんなんで勉強はできているのかと……。
森畑は実際できている。試験の成績は悪くない。
はっきり、俺より頭がいい。さすが星和付属だ。
時には真面目な話にもなる。
「港北大の経済学部、今年から、助教授に企業の元社長が就任したんだよな」
そう語る森畑の顔は大真面目だ。内視鏡云々とのギャップが面白い。
「潮音女子ってあるじゃん。あそこ小学校からの一貫教育なんだけど、でも親たちが、そのまま短大までは行かせたくないらしい」
「何で」
確か右川も受けるはずだと、ちょっと気になった。
「他の大学と合併目前で事務局が金使い込んだとかで、頓挫。教授の誰かがセクハラしたとか。他も結構色々あってさ」
こんなリアルタイムな情報もくれる。いろんな事をよく知っている。
このへんも、森畑の魅力だと思った。
どっちのジャンルになっても、俺はいつも聞いてばかり。
こんな俺で、森畑の方が正直退屈じゃないかと思うことがある。
森畑に言わせると、
「おまえって、何言っても引かないよな」
その昔、右川に、何を言っても心が折れないと言われた事を思い出した。それと近いものがある。
「軽蔑もしないし、無関心って感じでもないし」と森畑は首を捻る。
それに気を良くしたのか(?)、森畑の話題は次から次へと尽きない。
周りの目は気になるが、結構面白く聞いている。
このへんは右川のアイドル話と似たようなもんだと思った。
右川と違って、俺が知らないからと言って森畑は決して小馬鹿にしない。芸能人なのに政治家だと言って騙すことも無い。指をさしてまで大笑いしない。居心地いいのかもしれない。
森畑は世界史科目を選択している。
「止めときゃよかった。最近、カタカナが目にきつい。アケメネス朝ペルシャ。どこの呪文だよ」
それには笑えた。確かにそうだろう。
日本史の俺などは、「こっちも似たようなもんだよ。興福寺阿弥陀如来像。何度書いても、1文字忘れてる気がする」
そのうち、最終的にいくつ大学を受けるかの話になり、それには周りに居た男子も女子も、やっと付いて行けるという感じで入ってきた。
森畑は、「親の言いなりで医学部4つ。あと内緒で3つ」と言った。
その内緒領域に女子が突っ込まないのを不思議に思いながら、俺も聞かれて、「内緒じゃないけど、5つぐらいで」と答える。
「それってどこ?」と誰かに聞かれて、隠すような事でもないと全部打ち明けた。「3つは一緒だね」とそいつは笑う。
試験会場で知った顔があれば安心だろうな。
ぼんやり思っていると、
「おまえ、その子に狙われてんぞ」
帰る途中のスタバで、森畑がぶっちゃけた。
「沢村クン滑り止めに何処受けるか教えて♪って、オレ聞かれちゃったもん」
あの女子は、知ってて訊いたのか。
そんな勘違いにもまったく気づかなかった。
今はそれどころじゃない。その子も同じだろうに。
「あの子って、名前なんだっけ」
「お、興味あり」
そんな訳ない。
「同じ塾に居て話しといてさ、名前も知らないじゃ、マズいから」
右川のグループで懲りている。
「松平さんだよ」
日本史の人物にそんなのが2~3人いる。
悪いけど、それしか浮かばなかった。
「おまえにイカれて、山下さんの魅力に取り憑かれなかった女子だな」
「そんな風に見えないけどな」
「おまえは鈍いから」と、森畑がストローを抜いたら、そのアイスコーヒー1滴が弾かれて飛んで来る。
森畑は、冬でもアイスだ。
「最近、後ろに席移った女子がいるだろ」
知らない。後ろは滅多に見ない。
後ろに席を移ったといえば……重森だ。
重森は「ここエアコンが直なんで」とか何とか、中途半端に面倒くさい事を先生に訴えて、席を変わった。
「おまえの真後ろ。メガネ辞めてコンタクトにしてさ」
そういえば……俺と重森との間に誰かいるような気もする。
今は振り返るのが怖い。
「な、名前は?」
「兵藤さん。よく見とけ。けっこう可愛いぞ」
「おまえよく知ってるな」
呆れるを通り越して感心した。
「おまえの知らない所で、おまえにイカれてるコは意外と居るって事だよ」
コクって来ないだけ……と意味深な目線を飛ばして。
「ちなみにその前で通路はさんだ隣の日向さんは……」
と、森畑は小さな声で、そこからさらに意味深な笑みを浮かべた。
「もう頂いちゃったんで。ゴメン」
「ええぇぇー……」
感心を通り越して、異空間に飛ばされた。
「何か勉強教えてくれとか言われて家まで来てさ、どうも違う事が教わりたかったみたいで」
俺は、そろそろ引いてもいいだろうか。
森畑はまったく誰に対しても自然で、そんな事があったなど微塵も見えない。右川と桂木が並んだだけで何が無くても動揺していた俺とは、全然違うなと改めて思った。
「そういう事だから、おまえも受かったら、どれでも1回ぐらいは優しくしてやれよ」と笑う。
優しくすることは無い。藤谷で懲りた。
「沢村クンって彼女とまだ続いてるの?とか聞かれたぞ。兵藤さんに」
「そうか」
だった。どこでも一緒だな。
「もうラブラブだって言っといたから」
あ、そ。嘘でもない代わりに本当でもない気はしたが、まあいい。
「ちゃんと会ってんの」
「それどころか、今は学校で会うのも難しいよ」
「そこら辺で会えばいいじゃん。どっか合わせて」
「あっちの家が遠くてさ。メールしても、忙しいらしくて返事も無いし」
「無い?」
「いや……たまに、あるかな」
「それってヤバいんじゃないの」と、森畑はズバリ突いてきた。
右川の性質上、これは今更何を言っても無駄なので、ここで森畑に詳しく言う事もないだろうと思った。俺のため息を見て、「まさか、おまえの方が惚れてんの?」と下から窺う。
「それは絶対に違う」と、ここでは断固。
しかし否定が強過ぎて、そう自分では思いたくない程に惚れていると取れたらしい。かえって逆効果だった。森畑は真面目な顔になり、
「おまえの事だから、よっぽど大事にしてんだろうな」
そこは正しい。右川本人の前で、声を大にして叫んでくれ。
たまに、こんな風に真面目に、聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらいストイックな態度に出たりもする。これも森畑の不思議な魅力だと思った。
「森畑クン、キミも遊んでないで、彼女をちゃんと大事にしろよ」
と、説教だけはしといた。
「勉強も」と、ちゃんと、付けた。
説教だけは、森畑よりも自信がある。
俺の、実体験だ。
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