エメラルドの祝福~願えよ、さらば叶えられん~
「なにか誤解があるようだ。馬車の中で話を聞くよ。ベリル、来るんだ」
「行きません。私は……」
彼の腕から逃れようとしたが、ヒューゴはそっと耳打ちする。
「実はシンディが君を呼んでいる」
「シンディ姉さまが?」
予想外のセリフに、ベリルは彼を見返す。
たしかに、ヒューゴは城で文官を勤める父伯爵の仕事を手伝っているため、シンディと出会う可能性もないわけじゃない。今日初めて王城に上がったシンディが不安に駆られてベリルを呼ぶのも、あり得ないことではないだろう。だが、今のシンディがヒューゴに頼むだろうか。
昨日の傷ついた様子を思い出せば、ヒューゴの顔を見ただけで逃げ出しそうな気がするのに。それとも、それでもヒューゴに頼まなければならないほど、深刻な事態が起こっているのだろうか。
「王城でシンディに会ったんだよ。彼女はとても困っているようだった。俺ならば侯爵家に出入りできるし、僕の連れ合いだということで王城にも入れる。だから僕に君を連れてきてほしいと言ったんだ」
困っていたというなら、やはりなにかが起こったのだろう。彼に頼まねばならないほど、緊急性に迫るなにかが。
ベリルは頷き、「わかりました。参ります」と答える。
一連の流れを見ていた母は「ちょっとベリル」と不満顔だ。
「母様、大丈夫です。姉さまのところに行くそうなの。私を呼んでいるんですって」
「でも……、シンディのことは王家の馬車が送りますっている手紙が届いているのよ? シンディが困ることなどなにもないでしょう」
「その手紙の後で何か起きたのかもしれないわ。準備してまいります。お待ちください」
「待ちなさい、ベリル」
歩き出したベリルを追い駆け、侯爵夫人はそっと耳打ちした。
「婚約解消の話は本気にするわよ。いいのね?」
ベリルは無言で頷く。
そして、自室に戻り、宝石箱の中からエメラルドのネックレスを取り出し、ドレスの隠しに入れた。
王城でもしコネリーかバートに出会えたらすぐにでも渡してしまいたかった。
ふたつの宝玉は、ひとつになりたいと望んでいるのだから。