エメラルドの祝福~願えよ、さらば叶えられん~
飛び降りてでも逃げようと馬車の扉に手をかけたと同時に馬車が止まった。ヒューゴは逃げ出さないようにとベリルの腕をしっかりとつかみ、扉を開ける。見えるのは、古ぼけてツタが這った二階建ての家だ。もがいてみるが、細身とはいえ男の力に、ベリルでは敵いそうになかった。
馬車はヒューゴに頷くと、移動を始めた。ここに置き去りにされるのかと思い、ベリルはぞっとする。
「離して! すべてお父様に言うわ!」
「君の言うことを誰が信じるんだ? 侯爵家の美人姉妹の冴えない方。お父上もお母上も、君のことはシンディより軽んじている。気に入らない僕に君を押し付けたのだって、君を厄介払いしたかったからさ」
ヒューゴの言葉は、ベリルを以前の自信のない娘に戻していく。さっきまでの強気が鳴りを潜め、反論する言葉が出てこない。
屋敷の中に入ると、すぐさまいかつい男が近寄ってきた。
「これは旦那。どうしたんでさぁ」
「フィンレイ。先日の話だが、手筈はどうなってる?」
「ダレンに声をかけてはみましたがね。また姿を見せなくなって」
「そうか。まあいい。こっちも少し予定が変わった。例の件は延期にする。代わりに偽装事件を起こしたいんだ。僕らの馬車が賊に襲われて怪我をすることになる。彼女とともに……ね」
ベリルの腕を掴むヒューゴの手に力が籠もり、ベリルは彼の本気を感じ取り、ぞっとした。
フェンレイと呼ばれた男は、彼女をちらりと見てひゅっと口笛を吹いた。