エメラルドの祝福~願えよ、さらば叶えられん~
「とにかく私は絶対に嫌です」
ツン、とそっぽを向いて、シンディが部屋に戻っていく。
「待ちなさい! シンディ」
父から怒られても毅然と立ち向かい、涙も見せないシンディは強い。ベリルはオロオロとふたりを見つめることしかできない自分が情けなくなる。
父は大きなため息をつくと、拳をドンとテーブルにたたきつけ、ベリルをじろりとにらんだ。
「ベリル!」
「は、はい!」
「……お前からもシンディを説得しなさい。侯爵家を支えるのはここに生まれたものの務めだ」
侯爵家の跡取りは、歳の離れた兄だ。彼はすでに結婚していて、今は別の屋敷に住んでいるが、ふたりの妹が片付けば戻ってくる予定だという。
女である姉妹に望まれるのは、侯爵家の権威を高めるような相手と結婚することだ。
「でもお父様。王太子様が姉さまを選ぶとは限らないのでは……」
「お前はシンディより美しい娘を見たことがあるか?」
当然のように問いかけられ、ベリルは首を振る。どの夜会に出席しても、一番目立つのは姉であるシンディだった。
「シンディへの縁談はひっきりなしに来ていた。しかし私が選んだどの相手に対してもシンディは首を縦に振らなかった。それを甘んじて受け入れていたのは、やがて王太子のお相手にという話が来るかも、と思っていたからだ。逆に言えば王太子以上の相手などいない。今度こそ、シンディのわがままを聞くわけにはいかんのだ」
「でも、王太子様は今までどんな夜会にも出席なさらなかったじゃないですか。王子様とはいえ見知らぬ相手に抵抗があるのは当り前ですわ」