エメラルドの祝福~願えよ、さらば叶えられん~
彼の姿が見えなくなってから、伯母はため息をつき、言い含めるようにベリルの肩をつかんだ。
「シンディ。反抗のつもりにしても、あの男はダメよ。王太子様はとてもいい方よ。侯爵……あなたのお父様は、ちゃんとあなたの幸せを考えているの。分かってあげてね」
「……はい」
伯母に諭され、それ以上何も言えなくなったベリルは、残ったお菓子をみんな渡し、孤児院を出た。
しばらく歩くと、アンドリューが道端で待ち構えていた。
「アンドリュー様」
はにかんだ笑顔に、ベリルはもう、彼の顔が怖いとは思わなかった。
「先ほどはちゃんとお別れができなかったので。……妹さんに会えなかったのは残念ですが、あなたの方から私のお詫びの気持ちを伝えていただけますか」
「本当にお気になさらないで」
「お送りしたいところですが、俺のような身なりでは警戒されるのがオチでしょうから」
ぺこりと頭を下げた彼に「どうぞ行ってください」と言われ、ベリルは会釈し、脇を通り過ぎて歩き続けた。
楽しい時間とは相反して、別れはあっさりしたものだ。
この先ベリルに待っているのは、シンディとしての未来。
好きでもない人に嫁ぐか、選ばれずに一生をひとりで終えるかの二択。
加えて、好きだったヒューゴは自分の顔をした姉と一緒になる。
「……あのっ」
数歩歩いたベリルが振り向くと、彼はまだこちらを見ていた。
息が詰まって、ベリルの胸が熱くなる。
じっと見ていた彼は、険しい顔の口元に笑みを浮かべた。
「お気をつけて。きっと良い縁があなたを待ってます」
「……そちらも、頑張って」
何を伝えたかったのかよくわからなくなりながら、彼の声に勇気をもらって気分になって、ベリルは背中を向けた。
もう避けられない運命なら、受け入れるしかない。
シンディとして生きて、幸せを見つけるしか。