エメラルドの祝福~願えよ、さらば叶えられん~

「どうした。行くぞ、シンディ」

「は、はい」

父はそういった視線には慣れっこのようだ。
本物のシンディなら、きっとためらいもなく歩き続けられるだろう。
そう思い、ベリルは毅然と前を向いた。

(鏡で見た姿は、噂通りの美しい侯爵令嬢だった。だから大丈夫。胸を張って。私はシンディになりきらなきゃいけない)

大きく息を吸って、一歩踏み出す。
シンディならば背をまっすぐに伸ばす。視線には悠然とした視線で。嫉妬には微笑みを。
誰よりも美しいという自信がシンディにはあったはずなのだから。

「さすが、ブラッドリー侯爵家のご令嬢だな。見ろよ、あの美しさと気品」

シンディになり切るのに精いっぱいなベリルに、称賛の声が届く。

(よかった。ちゃんとシンディに見えてる)

そうして人々の合間をくぐり抜け、ベリルは父とともに奥のソファへと向かう。

ベリルは一瞬で目を奪われた。ソファには、細身だが長身の男性が座っていた。美しい黒髪、すっと通った鼻筋、綺麗なブルーグレーの瞳。薄い唇。女性の目を惹きつけずにはおかない、文句のつけようのない容姿だ。
そしてソファの後ろには、同じように豪華な身なりのダークブラウンの髪の男性が立っている。
立っているほうの男性が先に気づき、「ブラッドリー侯爵ですよ」と座っている男性に耳打ちする。
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