エメラルドの祝福~願えよ、さらば叶えられん~

 バートが用意した馬車は、子爵家のものだった。そこでようやく、ベリルは彼がボールズ子爵家の嫡男だと知ったのだ。馬車で向かい合わせに座り、しばらくは無言のままだったが、着く間際にベリルのほうから切り出した。

「バート様は子爵子息様でしたのね。存じませんでしたわ。失礼いたしました」

「……下級貴族です。名乗るほどでもない」

ぼそりとバートが答える。初めて彼の声を聞いた気がして、ベリルは思わずじっと見つめた。

「いいえ。ローガン様の大切な腹心ですもの。こうして送ってまでいただきありがとうございました」

やがて馬車が停まる。バートの手を借りて馬車を降りたベリルは、慌ててやって来た侯爵家の執事に出迎えられた。

「お嬢様、お早いお帰りですが、どうかなさったのですか?」

「少し体調がすぐれなくて。……どうかしたの? そんなに慌てて」

「実は今、ベリルお嬢様と奥様が……」

「……ベリルが?」

ただならぬ様子を感じ取って、「ありがとうございました、バート様」と急いで挨拶をし、見送りもそこそこに中に入った。

入るとすぐ、二階の母の部屋から声がした。

「返しなさい! おかしいと思ったのよ、最近こそこそと部屋に出入りしているなと思っていたわ」

「だってもう使っていないでしょう? いいじゃない。お母さまにアメジストは合わないわ。もっと豪華なダイヤモンドを持っているでしょう?」
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