エメラルドの祝福~願えよ、さらば叶えられん~

ふたりの声に混じって、使用人の「奥様、おやめください」「ベリル様、落ち着いて」という悲鳴に似た声が響いてくる。
ベリルは慌てて階段を駆け上がり、つかみ合いになっているふたりの間に割って入った。

「何をなさっているの。落ち着いてください。お母さま、ベリル」

母の顔に、爪で引っ掻いたような跡があり、ベリルは思わず息をのんだ。
そこまで本気の喧嘩をするなんてありえない。
シンディは上手に“ベリル”として生きようとしていた。だったら、ベリルが母親とつかみ合いをするようなタイプじゃないことくらい分かっているだろうに。

ベリルはシンディを諫めるつもりで睨みつけた。けれど、彼女の顔を見て思わず短い悲鳴が出た。

「ひっ」

目の下に、化粧でも隠し切れないクマができている。目は血走っていて、見ているこちらを怯えさせるほどだ。
一体いつから彼女はこんな顔に……と思い巡らしてみても、思い当たらない。
入れ替わった後から、シンディとベリルはうまくいっていなかった。顔を合わせても言い合いになり、食事の際も出来るだけ目をそらしていたから、じっくりと顔まで見ていなかったのだ。

(こんなになるまで気づかなかったなんて……)

ベリルは息をのむ。やはり、あのエメラルドは魔石なのだ。身を滅ぼすというのもあながち嘘ではなさそうだ。

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