【完】さつきあめ
「あなたがさくらちゃん?」
「………」
何も答えられないまま女性から視線を外し、運転席から降りてきた光をずっと見ていた。
世界で1番惨めな気持ちだった。
「南、いいから。家に入ってろ」
「はぁ~い、元カノさんと話したかったんだけどな~」
ボソッとわたしにだけ聞こえるように南と呼ばれる女性は言った。
光と同じ香水の匂いを身にまとい、マンションのエントランスへ入っていく。
絶対に嘘だと思ったのに。
また朝日がわたしたちを引き裂こうとついてる嘘だって信じてたのに
ここは光の家で、光は南って女と一緒に帰ってきて、家に入れ、って言った。わたしじゃない女に、わたしには決して言ってくれなかった事を言った。
「夕陽、なんでここ…」
さっきまではさくらって呼んでいたくせに、なんでわたしの名前を呼ぶの?
「うそつき!」
言いたい事は沢山あった。でも口をついて出た言葉はそれだけだった。
他に何かを話してしまえば、涙が止まらないのを知っていたから。
「夕陽……」
「嘘つきだよ…光…。あたしを好きだって言ったのに…待ってろって言ったのに…
今の彼女でしょ?あたしの事元カノって言ってた…。元カノでも何でもないのにな…
でもそう言うって事はあの人と付き合ってるって事なんだよね……」