【完】さつきあめ
そんな事を考えているうちに朝日の家に着いて、タクシーの運転手さんは早くおりろと言った視線を送り、何とか朝日をおろしたら無情にもタクシーは足早に走り去ってしまう。

何度も名前を呼んでも、わたしに寄りかかったまま朝日は起きる気配がない。

高級マンション前で、一歩も身動きが取れずに朝日の体を支えるように、冷たいコンクリートの上に座りこむ。

‘高橋くんに助けを求めよう’そう思いついて電話を掛けるが、何度コールを鳴らしても高橋は出る気配がない。ならば深海さん、と思い電話を掛けると留守番電話サービスの冷たいアナウンスが電話越しに響くだけ。

どうしろっていうのよ…。そう思って、携帯をスクロールすると、光の名前が画面に浮かび上がる。電話をしようとして、手を止める。
今更…何を光に助けてもらおうとしているのか、そもそも南というあの女といると想像すると自分が惨めになるだけだ、と思い電話をするのを思いとどまる。

携帯を手に持ったまま、頭を抱えた。

その時、車のライトに照らされて、よく見ると、朝日のマンション前にタクシーが横付けされる。
助けてもらおう、と思い顔を上げると、タクシーからは着物姿の女性がしなやかに身をくねらせ降りてきた。

助けてください、言いかけて、その女性はきりっと吊り上がった吊り目で一瞬こちらを見て、わたしたちの姿を見ないふりをしてそそくさとマンション内に入って行こうとした。
余りの迫力に助けを求める事さえ出来ず、はぁーっと深いため息を吐く。

その時、マンション内に入ってた着物の女性が戻ってきて、上からわたしたちを覗き込むように目を丸くした。

ベージュの落ち着いた着物を着ていて、髪をきちんとまとめている。
歳は30代前半くらいだろうか?いや、着物を着て落ち着いているだけでもっと若いのかもしれない。
猫のように吊り上がった瞳が印象的な人で、その身なりから、どこかのクラブで働く女性だとは思う。

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