【完】さつきあめ
「さくら…何かあった…?」

掴まれた腕の拳をぎゅっと握り、笑顔を作る。

「何もないよ!綾乃ちゃん!それよりこれからアフターでしょ?おつかれ!」

「何もないならいいけど…」

「何もないってば~!じゃあね!綾乃ちゃん!高橋くん!」

そう言って走り出した時「さくら!」とわたしを呼ぶ声がホールで響く。
ゆっくりと振り返ると、何か言いたげな高橋がこちらを見つめる。

‘強くなりてぇんだったら俺の前でもう絶対泣くな’昨日の言葉が脳裏を回る。

「高橋くん!おつかれさまでした!また明日ね!」

こんな事くらいですぐに泣きだしてしまいたくなる自分が嫌なんだ。
だからお店を飛び出して、全速力で走り出したんだ。 こんなに切ない気持ちを胸に隠しこんだまま。誰かに頼るだけじゃなくて、自分で乗り越えなくちゃいけないことは生きていれば沢山起こる。

さっき言われたこと。
ボロボロの靴のこと。色々なことを考えながら、ネオンの光る夜を駆け抜けていた。

「さくら…!」

突如、街の真ん中で名前を呼ばれ、腕を掴まれた。

振り返り、腕を見ると腕時計。…ダイヤが遠慮がちに埋め込まれたその時計が夜のネオンに反射してキラキラ光っている。その腕時計と型違いの似ているものを見たことがある。

息を切らし、額にうっすらと汗をかいていたその人はわたしの腕を力強く握りしめ、決して離しはしなかった。

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