【完】さつきあめ
「どこ行くんですか…?」
「心配すんなってホテルに連れ込もうとか思ってないから」
「ホテルっ!てっ…」
「冗談だよ」
大袈裟に反応するわたしに乾いた笑いを向ける。
そういう冗談にはなってない冗談を言うのはやめてほしい。
何度もちらちらと横目でこちらを見て、悪戯っぽく笑ってる光はわたしの反応をいちいち見て喜んでいる、ように見えた。
「送っていくだけだから。家教えて」
「え。嫌です」
「なんでだよ」と笑いながら言う。帰りたくないの?って意地悪な問いかけをしながら。
勿論帰りたくないなんて思ってはいなかった。ただ単純に…。こんな高級そうな車を乗っている人に、高そうな腕時計をつけている人に、社長という立場がある人に…自分の住んでいるアパートを見られたくないという卑しいプライドがあったからだ。
そんなこと、この人の前では何の意味もなかったのに。
人のことを見透かしたような目で見つめるこの人の前ではすべて無意味だったのだ。
「わたしは…
社長みたいにお金持ちじゃないし、高級なマンションに住んでるわけじゃないので、家を見られるのが恥ずかしかったんです…」
そう言ったらぷーっと吹き出した。
「別にお金持ちじゃねぇよ」
「いや、こんな車に乗って、そんな腕時計つけたりブランド物のスーツ着てる人が言っても説得力あんまりないです」
「いや、一応社長って肩書きで変なもん身に着けられないでしょ。
ちなみにこの時計はもらいもんだ。
それに本当の金持ちならこんなブランドですーって主張してるもん身に着けないでしょ」
「そうですかね…」
「だろうね。
俺は成金みたいなもんだからこんな下品なんだろうね。
自分を良く見せたり、取り繕うために高いもん身に着けてんだろ…」
その言葉は意外だった。
いつでも自信で満ち溢れて見える光から初めて出た自分を卑下するような言葉。
言った後に自嘲げに笑う。