何度記憶をなくしても、きみに好きと伝えるよ。
「ーー悪いな、桜。毎日付き合ってもらって」


蛇口の水をひねっている実くんを眺めていると、渉くんが傍らに寄ってきた。


「ぜーんぜん。私も楽しんでるから大丈夫だよ」


本心だった。2人と過ごすのは、一日の中でもっとも楽しい時間になりつつあった。

それに、実くんの無邪気で元気な姿を見ていると……。


「ーーいろいろ、忘れられるしね」


私はぼそりと呟いた。私も渉くんも、毎日重い現実と向き合っている。

自分ではどうすることもできないけれど、足掻いて、戦って、落ち込んで……そしてまた、戦って。

ーー私と遊ぶことで、渉くんも少しの間だけだも辛いことを忘れてくれているといいな。なんて、渉くんの切なげに私を見る瞳を見て、思った。


「恋人の記憶、まだ戻る気配ないのか」


すると、渉くんが神妙な面持ちで尋ねてきた。

あれから悠には会っていないし、連絡もない。だから、悠の現状について確かなことは私は知らない。

だけど、もし記憶が戻っているとしたら、悠の方から私に接触してくれるんじゃないかと思う。

ーーだって、私のことを好きだと、ずっと一緒にいようと言っていた悠に戻るということになるのだから。


「ーーうん」

「そうか」


渉くんが短くそう言ったところで、実くんが「おみずいっぱいのんだー!」と駆け寄ってきた。

ふと、なんて渉くんはそんなことを聞いてきたのだろうと思ったけれど、実くんが鬼ごっこの続きをせがんできたので、まあいいか、と私は気にとめないことにした。

その後、私達3人は実くんが「つかれた!」と主張するまで中庭で遊び続けた。
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