何度記憶をなくしても、きみに好きと伝えるよ。
扉を開けたくなる衝動に駆られ、ドアノブに手をかける。しかし震えた私の手は、それを開けることは出来なかった。やっぱり、まだ会うのが怖い。

そして再び子供の絶叫の方が気になってきた私。ーーこの声、もしかして。

実くん?

彼の声に似ていることに気づき、私はその声がする方向へと走り出す。ーーすると。


「ーー桜」


悠の病室から少し離れた、312号室の前には渉くんが立っていた。拳をぎゅっと握りしめて。

室内から聞こえてくるのは、小さな男の子が発していると思われる、あの喚き声。

ーーやっぱり。実くんだったんだ。


「泣いてるの……実くん、だよね……?」

「ああ」

「一体、どうしちゃったの……?」


渉くんは俯き加減で、覇気のない声でこう答える。


「分かったらしいんだ、実」

「わかった……? 何を……?」

「母さんが、これからどれくらい長い間眠ってしまうのかってことを」

「……!」


絶句する私。幼い実くんは、今までそのことを理解していなかった。5年以上という月日が、4歳の彼にとって、今までの人生以上に長いということを。


「今日、幼稚園で先生が呼んでくれた絵本の中で、5年経った描写があったらしくて。登場人物達がすごく成長しているのを見て。それで……」
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