何度記憶をなくしても、きみに好きと伝えるよ。
私に膝枕をして眠る実くんを見て、渉くんが辛そうに言う。私は無言で首を横に振った。

渉くんは、私の横に腰を下ろし、実くんの寝顔を眺める。そしてしばらく無言でいたあと、こう言った。


「ーー実は、桜と最初に会った時から」

「え……?」


お母さんか実くんの話をするのかと思っていたのに、まさかの自分の話で私は驚愕する。

そして渉くんは、さらに驚くべきことを言った。


「俺は桜に惹かれてた。猫にも、実にも優しい桜に」


目を見開いて、渉くんを見つめる私。彼は真っ直ぐに淀みのない瞳で私を見ていた。


「俺と恋人になってくれないか」


ゆっくりと、しかし強くはっきりと彼は言った。戸惑う私だったけれど、彼はさらにこう続けた。


「実だって桜が一緒にいてくれれば喜ぶ。ーー桜の恋人が大変な時に、子供をダシにするなんて卑怯だってわかっている。だけど、本当に俺達には桜が必要なんだ」


ーー私の心は、一瞬揺らいでしまった。

悠の記憶はいつ戻るかわからない。ひょっとしたら、一生戻らないかもしれない。

そんな不確定なものに縋るより、今現在私を必要としてくれる渉くんや実くんのそばに居た方がいいのではないか。
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