純真~こじらせ初恋の攻略法~
心臓の音がエレベーター中に鳴り響いているんじゃないかというほど、大きな音を立てている。

ぎゅっと力を込めなければ、バックを持つ手が震えだしそうだ。

ピンと張り詰めた空気を、最初に打破したのは谷脇さんだった。

「言いたいこと言って逃げるとか、有り得なくないか?」

今までよりも低い声でそう言われると、やはり男性特有の恐怖を感じてしまう。

社会的にも地位のある男性が、いくら性格的に問題があるとはいえ、こんなことで棒に振るとは思えない。

しかしもしかしたら何かされるんじゃないか。

そんなことを考えてしまう。

「失礼はお詫びします。ですが最初からお食事だけだと……」

「そんなこと言ってんじゃないんだよ」

私の言葉をかき消すように谷脇さんの声が響く。

「そうじゃないだろ?俺が言ってんのはさ、誠意の問題なんだよ」

そんなことを言いだした谷脇さんには、きっと何を言っても伝わらないだろう。

もう彼には一般常識などという言葉は通用しない。

自分が納得する答えでなければ開放してはもらえない。

そしてその術は、私が谷脇さんの要求に答える形でなければならないのだろう。

「キミも大人なんだから、言われる前に悟ろうよ」

意味ありげに微笑んだ谷脇さんに、もう人間らしさなど微塵も感じなかった。

もうすぐエレベーターが一階に到着する。

ドアが完全に開ききったら体当たりで逃げるか、大声で『やめてください』と叫ぼうか。

そんなことを考えている間に、エレバーターは一階に到着した。

どうかエレベーター待ちをしている人がいますように……。

祈りながら開く入口に目をやると……。

私はその場に足元から崩れ去ってしまった。
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