純真~こじらせ初恋の攻略法~
完全に力が抜けてしまっている私の腕を掴んで立ち上がらせてくれたのは、ここにいるはずのない人物。

「茉莉香」

優しい声で私の名前を呼ぶのは藤瀬くんだった。

さっきまでは不快でしかなかった自分の名前が、こんなに心地いいものだったのかと痛感する。

藤瀬くんが私の手を引き、3人でエレベーターを出ると、急にカタカタと体が震え始めた。

「これはどういう状況なのか、説明していただけますか?」

藤瀬くんは私を背に庇い、冷たい声色で谷脇さんに詰め寄った。

「説明も何も……ただ一緒に食事しただけだけど」

先程のことなど何もなかったかのように、谷脇さんは平然とそう言ってのけた。

「橘の様子を見る限り、とてもそれだけだとは思えませんが」

「そんなの知らないよ。現に食事が終わって早々に帰ろうとしてたわけだし」

「それらなぜ橘はこんなに震えてるんですか?」

「だから知らねぇって言ってんだよ」

谷脇さんの荒らげた声に、フロアにいた人達の視線が集まる。

「お前たち、俺にどんな態度とってるわけ?頭くるんだけど」

谷脇さんは拳で藤瀬くんの胸を軽く小突いた。

不快な態度を取られたのも、頭にきたのも、恐怖を感じさせられたのも、全部こちらだと言うのに。

「それは大変失礼致しました。谷脇さんを紹介してくださったのは会長と社長ですので、御二方にもこちらからお詫び申し上げます。谷脇さんのご立腹の経緯に関しましても橘同席のもと、事細かに報告させていただきます」

サラリーマンらしく頭を下げて謝罪をするが、丁寧な言葉の裏は『お前の悪事、上にしっかり報告してやるからな』と言ったところだろう。

谷脇さんを見据える目は鋭く、確実に威嚇しているように見えた。
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