絶対領域
薄い赤茶色の髪の男の子が私の体を気遣って、たった1階上がるだけなのに、階段ではなくエレベーターを利用しようと決めた。
エレベーター前。
彼の隣から横目で盗み見てみる。
あず兄たちと一緒にいるんだから、きっとこの人も優しい人なんだろうな。
記憶を失う前の私は、いつも、こんなに優しくしてもらっていたのかな。
すぐにエレベーターが来た。
無人のエレベーターに乗り込み、「8」と記されたボタンを押す。
2人きりのエレベーターが扉を自動で閉め、ひとつ上へと上昇していく。
「この街には、天使と悪魔がいる」
薄い赤茶色の髪の男の子が、いきなり変なフレーズを投下した。
あまりに突然すぎて、内容もよくわからなくて、首を傾げる。
「っていう噂も、忘れちゃってる?」
冗談っぽくニッと笑う彼に、「噂?」とオウム返しをする。
「そう、ただの噂。でも、本当にいるんだ」
「この街に?」
疑り深く聞けば、そうそう、と楽しげに肯定された。
脳内に、天使と悪魔のイメージ像を浮かべてみる。
天使と、悪魔か……。
「会ってみたいなぁ」
「この噂が、君が記憶を思い出す鍵になればいいんだけど」
私の独り言にかぶせて、彼も自嘲気味に呟いていたことに、1ミリも気づけなかった。