Cosmetics
うっとりした表情のまま、手を引かれ店の中へ入る。
「立川さんって、今後はどんな仕事をしていきたいの?」
料理を注文した後、再びほまれの手を優しく握って海音は、ずっと聞きたかったのだと質問を始めた。
「そうですね……えっと、木村さんのような仕事がしたいです」
「俺?」
「は、はい。すごいなって思ってて」
「嬉しいな。会社で評判のデザインを描く、立川さんから言われると悪い気はしないよ」
冗談でも、木村海音からの賞賛は、ほまれを有頂天にさせるには充分だった。
もう死んでもいいかも。
今夜、木村さんの彼女にしてくださいって頼んでみよう。
「あ、そろそろ始まるよ。立川さん」
海音に言われて顔をあげると、店の真ん中にピアノとドラムとチェロが置いてある。
そこにはそれぞれ人が座っており、挨拶もなしに演奏が始まった。
ジャズの生演奏を聴くのは、生まれて初めてだ。
ジャズとは、もう少し優雅な音楽だと思っていたが、どうやら違うらしい。
激しいセッションを見て、ほまれの感情はそちらに奪われていった。
特に、坊主のドラマーは、黒いタンクトップから筋肉のついた太い腕がなんとも言えず、妖艶だ。
ドキドキしながら見つめていると、坊主のドラマーと目が合った。細長い一重の目がほまれを捉え、掴んで離さない。
まるで時間が止まったような感覚に陥った。
身体中が熱い。それと同時に、あの男が欲しいと思った。
料理が運ばれ、食事を取りながら音楽を聴く。度数の高いワインでも酔えないほどの音楽を聴かされ、隙を伺っては彼の音を身体に染み込ませた。
海音が、席を立っている間にセッションは終了した。一旦休憩ということらしい。
坊主のドラマーのことをじっと見つめていると、彼がほまれの方へやってきた。
「お姉さん。今夜空いてたら、俺と遊んで」
「え?」
「その朱色のリップ、俺めちゃめちゃ好き」
「あ、ありがとうございます」
突然の人生初のナンパに、ほまれは驚き目を白黒させた。こんなご時世に、客に堂々とそんなこと言ってくる男なんていたのか。
「はい。俺の番号ね」
名刺を手渡され、そこには「ヒビキ」というカタカナの名前と電話番号が書いてあるだけだった。
「え、でも困ります」
「俺を見て発情してたでしょ。きっと、今夜一緒に食事している男じゃ物足りなくなるよ」
ヒビキは、人差し指でほまれの手首から肘のあたりをゆっくりと撫でた。
長細い目が、ほまれを捉える。動けないままでいるほまれに「今夜十二時まで俺ここで演奏だから」と言ってヒビキは自分の持ち場に戻って行った。
「立川さん。お待たせ。そろそろ出ようか」
会計を済ませてきたらしい海音が、ほまれの手を取り店を出ようとした。
ほまれは、演奏を続けるヒビキを見るために振り返ると彼は楽しそうに演奏を続けていた。