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「俺、結婚してるんだよね」
空調の音が部屋の中に響き渡る。
裸になって隣で赤石恭子の頭を慈しむかのように撫でる男の口から、とんでもない言葉が飛び出したのは、ほんの数秒前のことだった。
付き合って二年。
この男との将来を夢に描いたのは、一度や二度ではない。
必死に貯めて七桁を超える結婚資金も、相手のために費やした時間も全て無駄だったという事実を恭子は受け入れられずにいた。
数秒前まで、一生俺のそばにいてと愛の台詞を吐いていた男は別人だったのだろうか。
「ちょっ……ちょっと待って!どういうこと?」
結婚したら一生そばにいれるよ、と彼に囁き返した声色とは全く別の音が出た。
「知ってるんだと思ってたよ」
まるで知らなかった恭子が悪いといった表情で彼は言った。
シーツに淡いピンク色のリップの跡が付いていた。
ホワイトデーに彼が、恭子に似合うと言ってくれたADDICTIONの青みピンクのリップだった。
彼が好きだと言ったリップを繰り返しつけ続けている。
イエローベースの恭子がつけると、浮いてしまう青みピンクのリップを。
「……」
言葉が出ないとはまさにこのことだった。
左手の薬指に指輪はないし、一人で暮らしていると言っていたから独身男性だと思っていたのに。
こうして恭子の人生計画は一旦白紙になったのだった。