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 食事を終えて、風呂に入った後、ベッドの中で映画を流したり、音楽をかけたりしながら二人の時間を過ごすのが、毎日のルーティンだ。

「今日は、恭子とランチしてきたの」

「ああ、高校の時の友達やっけ?」

 今日は、慶一朗の好きなボサノバをかけている。ゆったりとした曲調が多く、一日の終わりに聴くのが至福なのだそうだ。

 麗奈の場合、クラッシックに触れることの方が多かったので、ボサノバというジャンルは初めてだったが、嫌いではなかった。

 むしろ、慶一朗の好きなものは一緒に共有したかった。

 慶一朗は、麗奈のことを尊重してくれるが、あまり自分のことを話したがらない。その中で、唯一、好きだと教えてくれたボサノバを一緒に楽しむことは、必然的に大切だと思えた。

 眠る時間が近づいてくると、慶一朗が優しくキスを落としてくる。

 まるでガラスを扱うように、優しく触れてくる。

 もう少し強くしてくれても大丈夫なのに。

 優しくされているはずなのに、息苦しい。

 しかし、それを本人に伝えて、触れてすらくれなくなったらどうしようと思う。

「好きや。麗奈」

 吐息とともに、慶一朗自身が麗奈の中に入ってくる。麗奈の身体が負担にならないように、ゆっくりと優しく優しく、触れてくる。

「慶一朗さん」

 耳元で名前を呼ぶと、優しく抱きしめられた。

「大好きやで」

 麗奈が果てるのを確認すると、慶一朗はすっと自身を抜いて、抱きしめる。

 毎晩そうだ。麗奈が満足するだけの情事。

 さらに、その晩に関しては、慶一朗のスマホに着信が入った。

「すまん。ちょっと、出てくるわ」

 そそくさとバスローブをだけを羽織って電話に出る慶一朗の、後ろ姿を麗奈は眺めた。 

 一緒に暮らしているのに、一人ぼっちになったような気分になる。

 いつもなら、仕事の邪魔をしてはいけないと、寂しさを紛らわせるように貰ったプレゼントをInstagramにアップしていた。

 しかし、今夜は別だ。

 ちゃんと、夫に自分の気持ちを告げなくては。

 このままでは、気持ちがすれ違ってしまうような気がした。
 
 バスローブだけをつけて、慶一朗がいる場所へと向かう。
 
 彼は、風呂場の近くで話をしていた。

「奥さんにバレんようにしてるんやから、突然電話かけてこんといてや」

 その言葉を聞いた瞬間、自身の血の気が引いていくのを感じた。

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