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「全く気配がなかったわけ?」
週末の居酒屋は懺悔を吐き出すにはちょうどいい場所だ。
ガヤガヤと煩い店内は、秘密の懺悔をうまく搔き消してくれる。
大学時代からの友人である小山明日香は煙草に火を点けながら、憔悴仕切っている恭子に尋ねた。
「全く気がつかなかったよ……。指輪もしてなかったし、お泊まりだってよくしてたから、家庭の気配なんてなかったし。一人暮らしって言ってた」
「単身赴任か、別居中か、金はあるから出張か仕事が忙しいを理由にマンションもう一つ持ってて、そこで暮らしてる金持ちか。まあ、不倫なんて古今東西よくある話だしね」
「よくない!私、不倫なんて絶対しちゃいけないことだと思うもん。それに不倫するんだったら数百万払える覚悟がないできないし」
「いや、結婚したいって思えるくらいは好きだったんだし、お金も貯めてたんだから別にいいじゃん」
「奥さんにバレてるかな……?」
「まあ、不倫の一番痛いところはそこだよね。相手は?」
「僕らの関係は自由にしていいということになってるから、君は気にしなくていいんだよ。だそうです」
「うわぁ……たちが悪い。絶対それ奥さん許してないやつ。根っからの自由人である夫を繋ぎ止めるために無理してるやつじゃん」
クソ男だね。どこが好きなの?
もつ煮込みを頬張り、ビールを仰いだ後、明日香は眉を顰めて恭子に尋ねた。
「どうしよう……」
「シラを切る。それしかない。そしてその男とは縁を切れ。絶対いいことない」
不倫をするつもりは微塵もなかったし、むしろそういったことをする女には嫌悪感を抱くタイプの女のつもりだった。
それが今まさに一番嫌いなタイプの女になってしまっている。
ただ、愛し愛されたいと願っているだけなのに、どうして神様は意地悪ばかりするのだろう。