Cosmetics

「にしても珍しいじゃん。残業するタイプじゃないだろ」

「別に。たまには残業くらいするから」

 淡々と答えた後、淹れてからしばらく時間のたったコーヒーを飲む。少し冷えてぬるくなっている。美味しくない。

「男だな」 

 優太の鋭いツッコミに飲みかけのコーヒーを恭子は吹き出しそうになった。

「は?」

「最近別れて、部屋に一人でいるとしんどいから仕事に逃げてるって感じ?」

「私、あんたみたいなタイプ一番嫌い」

 睨みつけながら言うと「お、ご名答!」と優太は意地悪そうな笑みを浮かべた。

 畑優太は恭子の唯一の同期だ。

 空気を読まず言いたいことを言う性格は、空気を重んじたいと考える恭子の好きなタイプではなかった。

 大体この男は、遠慮というものがないのだ。

 お菓子の差し入れがあれば、普通、上司や先輩方に配ってから余った物を自分が頂くというのが、恭子の中での常識だ。

 しかし、優太の場合は、彼が好きなだけ食べた挙句「弱肉強食、出遅れた諸先輩方が悪い」という始末である。

 これには周りの人間も呆れ気味で「まあ、畑だしな」という片付け方をされている。
 
 更には、彼のせいで恭子まで職場で「自由奔放な代」といった扱いを受ける羽目になっている。
 
 この男にはほとほと迷惑しているのだ。

「で、畑はこんな時間まで何してんのよ」

 定時は六時。今は夜の八時半である。いくら不動産業界の営業が忙しいとはいえ、繁忙期でもないこの時期に、こんな時間まで働く必要はない。

「インフルエンザで休んでる村上さんのお客さんのところに寄ったら、こんな時間になっただけ」

「ふーん」

「興味ないなら聞くなよ」

 書類の束をばさっと机の上に置いて、優太は恭子の隣に座った。

「ちょっと!あっちでやってよ」

「えー、俺一人でいるの苦手なタイプなんだよね」

「知ったこっちゃないから。ほら、あそこの机があんたの机でしょ!」

「で、どんな男だったの?」

「は?」

 唐突に質問されて、意味が分からず聞き返す。

「だから、赤石が失恋した男はどんな男だったの?」

 面白がっているとしか思えない。そんな男に正直に自分の恋愛遍歴を語る必要もないだろう。

 心底迷惑そうな表情を浮かべながら恭子は「あんたに関係ないでしょ」と冷たく言い放った。

「あっそ」 

 面白くなさそうに呟く優太を無視して、恭子は仕事の続きを始めた。

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