Cosmetics
しばらく沈黙が続いた。カタカタとキーボードを打つ音だけが夜のオフィスに響き渡る。
いくら苦手な同期でも隣にいると些か安心した。
それから一時間ほど経った後、恭子はお手洗いに行くために席を立った。
「何?帰んの?」
「違う。トイレ」
「聞いて損した」
「何なのよ」
化粧室に入り、用を済ませて手を洗った後、ポーチの中からリップを取り出した。
「恭子には、このピンクが似合うよ」
彼の言葉が脳裏に蘇る。
ううん。似合うわけがない。
だってこの色は、私が昔から似合わなくて諦めてきた色。
自分に似合う色を知らないわけではないけれど、好きだったから合わせていた。
バカみたい。
ずっと無理して、使ってきたけれど、もういらない。
嘘。
欲しい。戻りたい。
けれど、誰かの人生を壊してまで手に入れるものじゃない。
磨り減ったピンクのリップが、恭子の想った量。
それと同時に無理をした量。
本当に似合う色は、オレンジ色。
ピンクじゃない。
鏡を見て、オレンジ色のリップを塗る。
真新しいオレンジ色のリップは、今朝コンビニで買った。
「ははは。似合うじゃん」
変に浮かないしっくりくる色。
今度は、この色を素敵だと言ってくれる人と一緒にいよう。
無理をしない付き合いをしたい。
背伸びも、我慢だってしないんだから。