マイ・フェア・ダーリン


『ここまでのメンバーがいい流れで持ってきてくれたので、僕は落ち着いて楽しく走れました』

『後輩たちが応援してくれてたけど、呼び捨てでしたよね? いつもあんな感じなんですか?』

『はい。先輩だと思われてないみたいで、敬語使ってもらったことないです』

「かっわいい~! 抱き締めたい! いやあああん、もうっ……あ、痛っ!」

身悶えて転がったら、こたつの角に脚をぶつけた。

「もうやめようよ」

げんなりしながらも、布団を取り去った夏使用のこたつを、部屋の隅まで寄せてくれた。
そんな健気な廣瀬くんを、私は非情にも無視してDVDを巻き戻す。

『はい。先輩だと思われてないみたいで、敬語使ってもらったことないです』

「ああ、かわいい。どうしようもなくかわいい。もうー、廣瀬くーーーーん!!」

十年も前の箱根駅伝の映像なんて、そうそう残っているものではないけれど、当然牧家には保存してあった。
私はそれをお借りして、何度も何度も繰り返し観ている。
箱根駅伝だけでなく、その年の全日本も、前年の出雲と全日本も。
他にも琵琶湖毎日マラソンや福岡国際マラソンなどすべて残っているけれど、優勝した箱根駅伝以外はあまり映っていない。

ソファーの上で画面から目を逸らし、携帯を見ていた廣瀬くんにすり寄ってみる。

「自分に焼きもち焼いちゃう?」

先日行われた記録会の結果を検索していた廣瀬くんは、スクロールする手を止めずに言う。

「別に焼かないよ」

なんだよ、とがっかりする私の隙をついて、リモコンでDVDを消してしまった。

「ただ、単純に恥ずかしい。何がいいのかわかんない」

「ピチピチでフレッシュでかわいいよ~」

「今は?」

本当の気持ちってどうしてこうも言いにくいのだろう?
どうでもいいことは次から次と出てくるし、そんな気のない人にならお世辞もたくさん言えるのに。

「……地味さに磨きがかかったよね。いぶし過ぎて、銀なのかその辺の石ころなのかわからなくなってる」

「あ、そう言えばさ、」

このように、廣瀬くんは相変わらず(たまにだけど)他人の話を聞き流す。

おーーい! 廣瀬くーーーーん! 私、結構ひどいこと言ったんだよー!
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