マイ・フェア・ダーリン
「ごめんね、話の途中で……わ! なんで泣いてるの?」
廣瀬くんがどこか遠くに去ってしまった気持ちになっていたけれど、ただベッドルームに行っていただけらしく、またふわふわ戻ってきた。
拭うことなく涙を流す私を見て、慌ててティッシュを三枚掴んで私の顔にあてた。
その首にしがみつく。
「別れたくない」
「……うん?」
「別れない!」
「あ、うん」
「可愛くない態度でごめんなさい! 素直になれなくてごめんなさい! 『石ころと同じ』なんて嘘だよ! 恥ずかしくて言えなかっただけ。廣瀬くんは私にとってターフェ石より貴重なの」
「……『ターフェ石』?」
「いつか誰かが廣瀬くんの魅力に気づくんじゃないかって不安だし、気づかないようにもっともっと地味さに磨きをかけてほしいし、できれば廣瀬くんの良さは私だけが知っていたいの。大好きなの。愛してるの。だから絶対別れない! 一緒に行く!」
消しゴムみたいな廣瀬くんの身体は拒絶するように硬い。
それでもすがるようにTシャツに顔を埋めた。
白いTシャツは涙で透けて、その下にある筋肉が見えそうだった。
「まだ何も言ってないんだけど、でも、ありがとう」
私を抱き締める腕の力には確かな愛情が込められていた。
噛み合わないその態度に、ようやく違和感を覚える。
「……さっきの『ごめんね』は何だったの?」
「あ、それ誤解してたの? ごめん、ごめん。話の途中でちょっと忘れ物取りに行きたくて。それで『ごめんね』って」
どうやらさっきの謝罪は「あ、ごめんね。ちょっと中座するよ。すぐ戻ってくるから」という意味だったらしい。
話していた内容とそのタイミングの悪さが不幸を招いた。
まさに廣瀬くん。
「紛らわしいよ! 恥も外聞もなくしがみつく女だってことがバレちゃったじゃない! 私って鬱陶しくて重い女だったんだ……。うわー、最悪。やだやだ、もう!」
悲嘆に暮れる私を慰めるでもなく、廣瀬くんはぷくくくと身をよじって笑っていた。
「いや、むしろいい話聞けちゃった」
笑ったまま小首をかしげる廣瀬くんは、憎たらしいほどかわいかった。