マイ・フェア・ダーリン
「ところで、この指輪どうしたの?」
明らかに買ったものではないので気になって聞いてみた。
「これ、母が父からもらったものだって。DVD送ってくれたとき、一緒の段ボールに入ってた」
「筒抜け!?」
「田舎だからね。うるさいんだ、結婚。特にばあちゃんが『ひ孫の顔見るまで心配で死ねない』って」
「わあ、すごいプレッシャー……」
「『長生きして欲しいから、しばらくしないよ』って逃げてたんだけど、『私のせいで結婚しないなら、もうじいさんのところに行く』って言い出して」
「脅迫!?」
「だから次の連休に連れて来いって。過疎化進んでるから、他県から嫁もらうとめちゃくちゃ喜ばれる」
教科書やニュースで聞いた“過疎化”が我が身に降りかかるとは思っていなかった。
「少子高齢化に歯止めをかけるべく、微力ながら尽力いたします」
「子どもは三人目から助成が手厚くなるって、新聞記事も一緒に入ってた」
「気がはやーい」
そっと左手を差し出す。
「田舎だからね」
廣瀬くんがケースから指輪を取り出して、薬指に通した。
……通し……通しっっっっ!!!!
……通……らない……
「…………廣瀬くんのお母さんって、どんな指してるの?」
指輪は第二関節の上で動かなくなっている。
「かなり小柄で細いんだよ。これも3.5号って言ってたかな? ……今日直しに行こうか」
「ちょっと待って! それより次の連休っていつ?」
「再来週三連休あるよ」
「再来週なんて無理! 三ヶ月、いや一ヶ月待って! せめて体脂肪率があと1%減るまでーーーーっ!!」
「ところで『ターフェ石』って何?」
「聞き流したな!」
現実はつらいことが多いし、人間ドックを繰り返しても、私たちはいつか死んで離れ離れになってしまう。
大団円のハッピーエンドにはならないかもしれない。
それでもこの世界が映画やドラマじゃなくてよかった。
エンドロールのない世界で、私は風のように走るあなたにしがみついて、都大路を走ろう。
手がしわしわになるまで、ずっと。
end.