マイ・フェア・ダーリン

FAX発注データを打ち込み、何本か電話対応をして、翌日の日付に切り替えた伝票データを入力し始めたとき、ひとりの男性がふらりと事務所に入ってきて、タイムカードの前に立った。
おそらく廣瀬さんだろう。
14:08。
三十八分の遅刻。

横目で様子を伺っていると壁の時計を見上げた彼が、ふうっとひとつため息をついた。
首元を手でさすりながら、タイムカードに手を伸ばす。
そこまで見て、私はさりげない素振りで立ち上がった。
小走りで近づいて、今まさにカードを入れようとしてした挿入口を手で塞ぐ。

「ちょっと、待ってくださいね」

一応辺りを見回すと誰もこちらに注目なんてしていない。
それでも身体で隠しながら機械の上蓋をパカッと開けると、その中にある時計を13:27まで戻した。
桝井さんから一子相伝(?)で受け継がれている裏技である。
こういうのがアナログのいいところ。

「押してください。本当は遅刻してませんよね?」

「いいんですか?」

驚いた顔の彼が動かないので、私は眉を吊り上げる。

「いいわけないじゃないですか。怪しまれる前に早く!」

「あ、すみません!」

ジジジと13:27がカードに印刷される。
それを確認して、私はすぐに時刻表示を元に戻した。

「ありがとうございました」

ふわわんと笑った廣瀬さんに、こちらの緊張感も抜けていく。

「なんでここまで来て、タイムカード押し忘れますかねえ」

「あはは! 本当にそうですよね。でもこんな方法があるのかあ」

「内緒にしてくださいね」

「はい。もちろんです」

長居すると怪しまれるので、私はさっさと机に戻った。
廣瀬さんが出ていったことも、その後も、記憶にない。



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