マイ・フェア・ダーリン
早出だった私は16時には勤務も終え、暮れかけた空に浮かぶ白いお月様を見上げながら、たらたら駐車場に向かって歩いていた。
「お疲れ様ー」
「お疲れ様です」
倉庫のチーフであるタカセさん(背の高い女性。本名不明)とアルバイトのカワイさん(ちっちゃくてかわいい。本名不明)がパタパタ駆け抜けながら挨拶してくれる。
「お疲れ様でーす」
少し離れた背中に向かって、私も声を張った。
センターはまだ営業中なので、トラックの行き来も、人々の走る姿も忙しない。
ふっくり太めのお月様に、おでんが食べたいなあ、と食欲をそそられていると、
「西永さーーーん」
と走ってくる男性の姿があった。
西永姓を名乗っている者として、一応私も立ち止まったけれど、その顔に見覚えがない。
誰……?
「今帰りですか?」
「……はい」
親しげな話し方からして、知り合いらしい。
いや、見たことはある。……気がする。多分。きっと。おそらく。
「あの、今朝は……いや昼か、ありがとうございました。これ、よかったら」
缶のミルクティーを差し出す姿に、昼間のふわわんとした笑顔が重なった。
「ああ、廣瀬さんか!」
「……え?」
「すみません、すぐ気づかなくて。お名前、廣瀬さんでしたよね?」
「……はい、そうですけど」
所在なげに浮いているその手から、ミルクティーを受け取った。
本当はあまり好きではないけれど、まだあたたかいそれは、私の姿を見かけて急いで買ってきてくれたことがよくわかる。
「ありがとうございます。いただきます」
「お疲れ様でした。お気をつけて」
「廣瀬さんも。お疲れ様です」
ほんのり赤い廣瀬さんの顔に気付いて空を見上げたけれど、薄青いばかりで夕焼けは見えない。
そのとき廣瀬さんの携帯が鳴って、彼は表情を引き締めた。
「すみませんが、失礼します」
電話に出ながら走って事務所に戻る後ろ姿に会釈して、今度こそ駐車場に向かう。