マイ・フェア・ダーリン
携帯もお財布もすべてロッカーに預けてしまったのでできることもなく、言われた通りソファーに座ってテレビを見ると、朝の情報番組で人気業務スーパーの上手な利用方法を紹介していた。
たくさん積み上げられたダンボール箱は、スーパーというより倉庫そのものだ。
あのデータの打ち込み、やりたくなーい。
「おはようございます」
隣に座っていた男性が、読んでいた新聞をバサリと下ろして声を掛けてきた。
…………誰?
見たことはある。
……気がする。多分。きっと。おそらく。
あ、この感じ、もしかして、
「…………廣瀬、さん?」
「西永さんも今日人間ドックなんですね」
向けられた笑顔はふわわんとしていて、頭の中で廣瀬認証がようやく一致するのを感じた。
廣瀬さんに関しては、服が違うだけで認証に自信が持てない。
「面倒臭くて延び延びにしてたんですけど、本格的な年末前に終わらせてほしいって課長に言われました」
「俺もです」
助成の有効期間は年内。
しかし、頭が蒸発するほど忙しい年末に休みを取るのは厳しい。
課長の毛根のためにも素直に従った次第だ。
「なんか緊張しますね」
バクバクいう胸元に手をあてると、妙に心もとない。
分厚い生地で透けることはないけれど、この服一枚の下は素肌なのだと思い出し、さらに動悸が激しくなる。
そういえば“吊り橋効果”って聞いたことがある。
吊り橋を一緒に渡ると、恐怖感のドキドキを恋愛のドキドキと間違って、恋に落ちる可能性があるとかないとか。
ということは、一緒に人間ドックを受けたら、私は廣瀬さんを好きになったりする?
…………いや、ないな。
締め付けられるような胸を抱えて覗き見た廣瀬さんは、ドキドキ感とは無縁の顔をしている。