マイ・フェア・ダーリン
呼ばれた先で身長、体重、血圧を計った。
次は採血、心電図、肺活量検査と順調に進んでいく。
「はい! 吸ってー吸ってー吸ってー」
もう吸えませーーーん! ぶは!
「止めて。一気に吐く!」
ふううううううううう!!
「まだまだ優しすぎます。もう一回! 吸ってー吸ってー吸ってー」
無理ーーーーっ! ぶは!
「はい、思いっ切り吐く!」
ふうううううううううーーーー!
「もっと! もっと! もっと!」
ぅぅぅぅぅぅぅ…………(酸欠)
「……はーい、合格です。お疲れ様でした」
肺活量検査でフラッフラになってソファーに戻ると、
「お疲れ様でした」
とにこやかに廣瀬さんが笑っていた。
「お疲れ様です……。肺活量検査って、五歳くらい老けますね」
「そんなことないですよ」
ケロリと笑うので、廣瀬さんは肺活量に余裕がある人なのだろう。
「魂まで吐き出してようやく合格です」
「あははは!」
「私、麺類もすすれないんですよ。すぐ酸欠になっちゃって」
「あはは! そんな人、初めて聞きました」
他人の不幸を遠慮なく笑って、トイレ行ってきます、とソファーを立った。
トイレの手前で人とぶつかりかけ、道を譲ったら集団で検診に来たらしい五~六人に遮られてなかなかたどり着けずにいる。
トイレは目の前なのに、このままでは漏らしてしまいかねない。
おーい、廣瀬さーーーん!
その背中がようやくトイレの中に消えると、知らず入っていた肩の力が抜けた。
なんだか目が離せない人だな。
手持ち無沙汰になって検査用紙を見ると、なんと身長が1cm伸びていた!
いくつになっても人間って成長するものだ。
が、ひと枠下に視線をずらすと、体重は3kg増えている。
それより何より体脂肪が……
「48番の方ー!」
我が身の不徳を恥じ、ガックリ落ち込む私の耳に、看護師さんの声が届く。
返事がないので、彼女はソファーの間を移動しながらもう一度声を張った。
「48番の方ー!」
一向に現れない48番に、あれ? 廣瀬さんじゃなかったかな? と思ってトイレの方向を見たけれど、まだ姿はない。
看護師さんもそれを確認したようで、ファイルを一枚めくった。
「49番の方ー!」
あ、飛ばされた、と思った瞬間に、トイレから廣瀬さんが出てくる。
おーーい、廣瀬さん……
なんか廣瀬さんって、どことなく間が悪い。
とりあえず帰って行く看護師さんを捕まえて、
「さっき飛ばされた48番の人、トイレから帰ってきてます」
と言っておいた。