マイ・フェア・ダーリン
「廣瀬さん」
何も知らない廣瀬さんはスッキリした顔で、はい? と言う。
「さっき呼ばれてましたよ」
「あ、そうなんですね」
「この次に呼ぶそうです」
「わざわざ確認してくれたんですか? ありがとうございます」
その笑顔に深い深いため息が出た。
ああ、このタイミングで肺活量検査してもらえば一発で合格できたのに。
「廣瀬さんって、間が悪いですよね」
「そうでしょうか?」
本人はキョトンとしている。
「他人のせいで怒られたりしてそうです」
「仕事していればよくあることでしょう?」
「クレームの電話ばかり受けちゃったり」
「電話のほとんどは厄介事ですから」
「レジで横入りされたり?」
「そういうこともありますね」
「廣瀬さーーーん!」
もどかしい気持ちを吐き出したかったけれど、何と言ったらいいのかわからなくてただ名前を呼んだ。
「なんでしょう?」
相変わらずのほほんとした廣瀬さんは、特に苦痛を感じていないように見えるけれど、私は気になるのだ。
「廣瀬さんって、謙虚過ぎるというか、前に出ないというか、いつも一歩引いてませんか?」
「そんなことないです。周りが一歩出てるだけですよ」
「同じです。それだと損ばっかりしちゃいますよ?」
蛍光灯の無機質なはずの光が、廣瀬さんの髪にきらきらと降り注いでいた。
「ありがとうございます」
こちらの居心地が悪くなるくらいに、にっこりと笑う。
「自分でも要領悪いなって自覚はあるんです。でも、人生ってそういうものだと思ってるので。映画やドラマみたいに、都合よくはいかないですよね」