マイ・フェア・ダーリン
映画やドラマの主人公に憧れ、夢を見ていたのはいつまでだっただろう?
「そんなことないですよ」と見え透いた慰めも言えない程度に、私たちは年を重ねている。
だからこそ、言えることもある。

「物語じゃない方がいいですよ! もし映画なら廣瀬さんなんて通行人Cだし、私もどうせカフェの客Bです。はっきり言って絶望的です。でも物語じゃなければ、私たちにも幸運が降ってくる希望が、わずかながら残されてると思いませんか?」

廣瀬さんは口元を手で覆ったけれど、隠し切れない爆笑が漏れていた。

「“通行人C”かあ。“通行人A”ですらないんですね、俺」

「“A”なんて図々しい」

「さりげなく自分は“B”なのに?」

「そこ、指摘しますか? 細かい人だな」

「でも、ありがとうございます。何かいいことがあるような気がしてきました」

そうは言っても、納得し切れない様子で、

「でも、俺は結構運がいい方だと思うんですけどねえ」

と言う。

「廣瀬さんで“運がいい”なら、この世から戦争なんてとっくになくなってますよ」

あはは、と通行人Cは笑う。
そもそもの地顔がこれなんじゃないかと思うくらい、よく笑う人だ。

だったら、この人が本当幸せなときは、どんな顔をするのだろうかと、ちょっとだけ興味が湧いた。


< 19 / 109 >

この作品をシェア

pagetop