マイ・フェア・ダーリン
「旅行はともかく、燦々太郎はいつでも行けたんじゃないですか?」
人気ラーメン店の燦々太郎は、職場の最寄り駅裏手の路地にある。
いつもは車通勤だけど、たまに駅を利用するとき近くを通るとい~い匂いがするのだ。
「入りにくいんですよね、あそこ。こだわりの店っぽくて」
店構えはシンプル……というより、小汚ないほど。
簡素なサッシタイプの引戸に、色褪せた赤い暖簾がかかっているだけの店だ。
すぐ近くにはパチンコ屋があり、そこのお客さんが常連として通う流れができている。
引戸を開けながら「大ひとつ!」と言っている人を見かけたこともあって、一見さんお断り感があるのだ。
「食べるの遅いと怒られそうだし、女ひとりで入るにはハードル高めですよ。友達誘ってランチする雰囲気でもないし」
「確かに愛想はないですけど、怒ったりはしませんよ」
件のパチンコ店に車を停めて、数十メートル歩けば燦々太郎だ。
「『完全焼干し中華』ってどういう意味なんでしょうね」
「焼干し出汁をうたっていても、実際にはいろんな魚介出汁が混ざってることも多いんだそうです。燦々太郎は出汁は焼干しのみ、味付けも自家製の醤油のみ、というこだわりだそうですよ」
「そんなにこだわってるなら、食べ方変だと怒りません?」
「むしろラーメン作りに集中してて、お客さんのことなんて見てないと思います」
燦々太郎のサッシはガタついていて完全には閉まり切らず、そこから出汁と醤油の匂いがダダ漏れていた。
「ふああああ、いいにおーい!」
肺活量に問題があるので思いっきり吸い込むのにも不自由し、スーハースーハー少しずつ味わう。
「魚臭くて苦手だと言う人もいるけど、大丈夫そうですね」
笑いながら廣瀬さんがその匂いの中に入っていく。
店内はほぼ満席で、カウンターの端しか残っていない。
「カウンターでもいいですか?」
空いてる席にどうぞー、と丸投げした店員さんに代わり、廣瀬さんが気遣ってくれた。
「何でも大丈夫です」
カウンター前でコートを脱ぎ、イスの背もたれに掛けながら店内を見回した。
廣瀬さんが言っていたように、壁にサイズとトッピングの値段が書いているだけで、テーブルにはメニューもない。
お水もセルフサービスで、注文も直接厨房に呼び掛けるシステムらしい。
「中ひとつと大ひとつ!」
廣瀬さんが声をかけると、中のおじさんがチラッとこちらを見て「はーい」と返事をした。
「やっぱり、ひとりで来なくてよかったです」
声をひそめて言うと、廣瀬さんはふっと笑みを深めた。
「ご案内できて、俺もよかったです」
人気ラーメン店の燦々太郎は、職場の最寄り駅裏手の路地にある。
いつもは車通勤だけど、たまに駅を利用するとき近くを通るとい~い匂いがするのだ。
「入りにくいんですよね、あそこ。こだわりの店っぽくて」
店構えはシンプル……というより、小汚ないほど。
簡素なサッシタイプの引戸に、色褪せた赤い暖簾がかかっているだけの店だ。
すぐ近くにはパチンコ屋があり、そこのお客さんが常連として通う流れができている。
引戸を開けながら「大ひとつ!」と言っている人を見かけたこともあって、一見さんお断り感があるのだ。
「食べるの遅いと怒られそうだし、女ひとりで入るにはハードル高めですよ。友達誘ってランチする雰囲気でもないし」
「確かに愛想はないですけど、怒ったりはしませんよ」
件のパチンコ店に車を停めて、数十メートル歩けば燦々太郎だ。
「『完全焼干し中華』ってどういう意味なんでしょうね」
「焼干し出汁をうたっていても、実際にはいろんな魚介出汁が混ざってることも多いんだそうです。燦々太郎は出汁は焼干しのみ、味付けも自家製の醤油のみ、というこだわりだそうですよ」
「そんなにこだわってるなら、食べ方変だと怒りません?」
「むしろラーメン作りに集中してて、お客さんのことなんて見てないと思います」
燦々太郎のサッシはガタついていて完全には閉まり切らず、そこから出汁と醤油の匂いがダダ漏れていた。
「ふああああ、いいにおーい!」
肺活量に問題があるので思いっきり吸い込むのにも不自由し、スーハースーハー少しずつ味わう。
「魚臭くて苦手だと言う人もいるけど、大丈夫そうですね」
笑いながら廣瀬さんがその匂いの中に入っていく。
店内はほぼ満席で、カウンターの端しか残っていない。
「カウンターでもいいですか?」
空いてる席にどうぞー、と丸投げした店員さんに代わり、廣瀬さんが気遣ってくれた。
「何でも大丈夫です」
カウンター前でコートを脱ぎ、イスの背もたれに掛けながら店内を見回した。
廣瀬さんが言っていたように、壁にサイズとトッピングの値段が書いているだけで、テーブルにはメニューもない。
お水もセルフサービスで、注文も直接厨房に呼び掛けるシステムらしい。
「中ひとつと大ひとつ!」
廣瀬さんが声をかけると、中のおじさんがチラッとこちらを見て「はーい」と返事をした。
「やっぱり、ひとりで来なくてよかったです」
声をひそめて言うと、廣瀬さんはふっと笑みを深めた。
「ご案内できて、俺もよかったです」