マイ・フェア・ダーリン
一万円札しかないので、と廣瀬さんがふたり分払ってくれて、だったらアイスクリームは私がご馳走します、という流れでアイスクリームショップのあるショッピングモールにやってきた。
エレベーターの扉はシルバーで、並んでいる私と廣瀬さんが映って見える。
少年漫画の主人公って、シルエットにしても誰だかすぐわかるくらい特徴的に描くらしいのだけど、それでいうと廣瀬さんはシルエットにしたら、少なくとも500万人は同じシルエットになりそうだ。
通行人Cの才能がある。
エレベーターの前まで来たのに、廣瀬さんは少し離れて立つ。
だから私は上に向かう「△」のボタンを押そうとした。
アイスクリームショップは三階にあるからだ。
だけど、
「ちょっとだけ待ってください」
と私を手招きした。
不思議に思って廣瀬さんの隣に立つのと、
「あ!」
とかわいらしい声がしたのは同時。
小さな女の子が走ってきて、急いで「△」ボタンを押した。
わざと押させてあげたの?
そんな意味を込めて見上げると、
「こっちに向かってるのが見えたから、もしかして、と思って」
と内緒話をするように私の耳元で言った。
ずいぶん秋が深まって、外気で冷えた耳に、その声は熱く感じられる。
「よく気付きましたね」
「俺も小さい頃は何でも押したくて、それに命掛けてたので」
「気持ちはわかります」
「でもだいたい先に押されちゃうんですよねえ」
幼い頃から廣瀬さんは廣瀬さんだったようだ。
微笑ましい話に笑い合いながら、到着したエレベーターに乗り込もうとすると、
「うわ!」
廣瀬さんが扉に挟まれた。
扉は廣瀬さんを噛んだ後、「ああ、人がいたのね」と言うようにのっそり開いていく。
二の腕をさする廣瀬さんに、ものすごく慌ててお母さんが頭を下げた。
「すみません! すみません! ケガはありませんか? ほら有華、『ごめんなさい』でしょ!」
ボタンを押したい盛りの少女は、乗り込んですかさず『閉』ボタンを押したらしい。
消え入りそうな声で「……ごめんなさい」という少女に「大丈夫だよー」と笑い掛ける廣瀬さんの隣で、私は爆笑をなんとか噛み殺していた。
「笑い過ぎですよ」
噛み殺せてなかった。
もう無理!
「すみません。でも、でも、あはははは!」
さすが、廣瀬さん!