マイ・フェア・ダーリン

もらったスプーンを渡しながら見ると、やはり濡れたような染みが残っていた。

「いいシャツなのに、もったいない」

春の空のようなサックスのコットンシャツだと思っていたけれど、よく見ると白、ブルー、グレーのマルチストライプがさりげなく入っていて、意外に凝ったデザインだった。
素材もしっかりしていて、ラインもきれい。
ごくごくカジュアルなのにくたっと見えないのは、おそらく物がいいのだろう。

「何度洗ってもくたびれないので、また洗いますから」

私はファッションセンスを褒めたのに、廣瀬さんが重視しているのは機能性らしい。

ちょっとちょっと、廣瀬さーーーん!

すごいよ。ある意味すごいよ、廣瀬さん。
どんなものでも廣瀬さんを通すと、平たーく平凡の範疇にならされる気がする。
もしこの人がコンビニで万引きしても、店員さんの印象には残らないんじゃないかな。
でもきっと生来の間の悪さでお巡りさんにぶつかって、結局捕まるんだろうな。

そんな私の妄想も知らず、万引き犯どころか、ついお賽銭を置いて行きたくなるような害のなさで、廣瀬さんはふたたびバニラアイスを食べ始めた。

「廣瀬さんならバニラアイスで正解かも。こっちだったら、悲惨なことになってました」

「そうですね。着色料は落ちにくいので。西永さんも気をつけて」

とうなずく。

「お母さんみたいなこと言うんですね。私は大丈夫ですよ」

いたずらなんて仕掛けて申し訳ない気持ちはあるけれど、予想より楽しい結果となった。
廣瀬さんにも食べさせたいと思ったのは事実で、でも食べないだろうと思ってやったことだ。
それでももし、さっきのアイスクリームを本当に食べていたら……それはそれで「ほらね! おいしいでしょう?」と笑い合えたような気がする。





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