マイ・フェア・ダーリン
「お疲れ様です」

すっかり忘れていたのだけど、廣瀬さんの先輩がトイレに行っていたのだった。
戻ってきた彼を見て、園花ちゃんは妙にくっきりした笑顔で挨拶した。

「お疲れ様です。事務の飯星園花です」

彼女の様子が気になりつつも、私も後に続く。

「お疲れ様です。同じく事務の西永優芽です」

笑顔を向けても彼は細い目の奥を冷ややかに保ったまま、

「配車担当の下柳一誠です」

と言った。
園花ちゃん同様、凍り付く私の笑顔。
園花ちゃんは、

「電話ではよく話しますけど、ちゃんとお会いするのは初めてですね」

とおっとりした声で話し掛けつつ、固く握った拳で私の膝をパンチした。
首が据わってないのかってくらい機械的にうなずきつつ、テーブルの下で園花ちゃんに手を合わせる。

今度、何っっっでも奢る!

「西永さんは“ゆめ”さんって言うんですね」

空気を読んでいるのかいないのか、廣瀬さんがのんびりと言う。

「母が少女趣味で……」

「いやいや、名前に関しては俺の方がおかしいですから」

あれ? そういえば、と思ったタイミングで、

「お疲れ様でーす!」

と倉庫チームと総務課の人たちがドヤドヤと入ってきた。
合計で男性八人、女性五人の十三人。
緊迫した空気が一掃され、私も園花ちゃんも肩の力を抜く。

職場の飲み会とは言えカジュアルなものなので、「全員とりあえずビール!」とはならず、最初から好きなものを頼んだ。

飲み物が届くまでの間、やはり名前と顔が一致しないということで、かんたんな自己紹介が行われる。

「配車担当の下柳一誠です。二十八歳。趣味はバイクです」

偉そうな下柳はかなり年上かと思っていたのに、私と同い年だった。
人間の価値は年齢の上下ではないけれど、今後の電話対応に少しは影響してしまいそうだ。
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