マイ・フェア・ダーリン


飲み会ではよくあることだけど、トイレから戻ってみるとあちこちで席がシャッフルされていた。
園花ちゃんは見事脱出をはかったらしく、テーブルの反対側の端で、倉庫アルバイトの男の子たちと楽しそうに話している。
私が座っていたところには総務課の女性がいて、牧さんと楽しげに話していた。
「総務で勤怠管理などを担当してます堀田真菜実です」と言っていた方だ。
同じフロア内にいるので顔見知りだけど、いつもながらサラッサラの髪がうつくしい。
何度耳にかけてもサラサラと落ちるから、“髪の毛を耳にかける仕草”が見放題ですよ、男性諸君!

私のファジーネーブルは、彼女の隣の席に抜け目なく移動されている。
溶けた氷のせいで、上の方が薄くなっていたそれを、割り箸でガッシャガッシャかき混ぜた。
その箸をサーモンのお造りに伸ばす。

「いえいえ、本当ですって! ニューイヤー駅伝観て、箱根駅伝往復観るから、毎年三が日は家にこもってばかりなんです」

「それは僕も一緒ですね。誘われればその後飲みに行くことはありますけど」

堀田さんは熱烈な駅伝ファンらしい。
かぶさるように話す彼女にも、牧さんはふわわんと笑って受け答えしている。
その笑顔を一瞬横目で見て、私は鶏つくね鍋を口に運ぶ。

「箱根駅伝で優勝するってどんな気持ちですか?」

んー、このつくね、なんかちょっと辛い。

「やっぱりすごくうれしかったです」

あ、生姜が強いのか。
噛み続けてると、生姜の味しかしなくなるな。

「9区って、復路のエース区間じゃないですか? プレッシャーとかありました?」

噛みごたえがあるというか、ありすぎるというか。
硬い……。

「そう言われてますけど、僕はエースではなかったので、プレッシャーはありませんでした。他のメンバーが流れを作ってくれたので、僕はそれに乗るだけでしたし」

……失敗した。
ちょっとつくね盛りすぎたな。

「でも区間二位なんてすごいです! 走ってるときって、どんなこと考えてるんですか?」

あ、水菜おいしい。

「えーっと、もうあんまり覚えてないんですけど、楽しかったです」

あー、水菜おいしーい!

「練習って厳しいんですよね?」

あーー! 水菜おいしーーーい!!

「はい。それはもう」

あーーーー!! 水菜おいしーーーーい!!!!
< 39 / 109 >

この作品をシェア

pagetop