マイ・フェア・ダーリン
飲み会ではよくあることだけど、トイレから戻ってみるとあちこちで席がシャッフルされていた。
園花ちゃんは見事脱出をはかったらしく、テーブルの反対側の端で、倉庫アルバイトの男の子たちと楽しそうに話している。
私が座っていたところには総務課の女性がいて、牧さんと楽しげに話していた。
「総務で勤怠管理などを担当してます堀田真菜実です」と言っていた方だ。
同じフロア内にいるので顔見知りだけど、いつもながらサラッサラの髪がうつくしい。
何度耳にかけてもサラサラと落ちるから、“髪の毛を耳にかける仕草”が見放題ですよ、男性諸君!
私のファジーネーブルは、彼女の隣の席に抜け目なく移動されている。
溶けた氷のせいで、上の方が薄くなっていたそれを、割り箸でガッシャガッシャかき混ぜた。
その箸をサーモンのお造りに伸ばす。
「いえいえ、本当ですって! ニューイヤー駅伝観て、箱根駅伝往復観るから、毎年三が日は家にこもってばかりなんです」
「それは僕も一緒ですね。誘われればその後飲みに行くことはありますけど」
堀田さんは熱烈な駅伝ファンらしい。
かぶさるように話す彼女にも、牧さんはふわわんと笑って受け答えしている。
その笑顔を一瞬横目で見て、私は鶏つくね鍋を口に運ぶ。
「箱根駅伝で優勝するってどんな気持ちですか?」
んー、このつくね、なんかちょっと辛い。
「やっぱりすごくうれしかったです」
あ、生姜が強いのか。
噛み続けてると、生姜の味しかしなくなるな。
「9区って、復路のエース区間じゃないですか? プレッシャーとかありました?」
噛みごたえがあるというか、ありすぎるというか。
硬い……。
「そう言われてますけど、僕はエースではなかったので、プレッシャーはありませんでした。他のメンバーが流れを作ってくれたので、僕はそれに乗るだけでしたし」
……失敗した。
ちょっとつくね盛りすぎたな。
「でも区間二位なんてすごいです! 走ってるときって、どんなこと考えてるんですか?」
あ、水菜おいしい。
「えーっと、もうあんまり覚えてないんですけど、楽しかったです」
あー、水菜おいしーい!
「練習って厳しいんですよね?」
あーー! 水菜おいしーーーい!!
「はい。それはもう」
あーーーー!! 水菜おいしーーーーい!!!!