マイ・フェア・ダーリン
すでに解散後だったので、店先にも誰もおらず、二次会場所に急ぐ園花ちゃんとは反対方向にたらたら歩き出した。
すぐタクシーに乗るよりも、少し風にあたりたかった。
赤くなっているであろう頬っぺたに、十二月の夜の空気は気持ちいい。
小さい頃熱を出したとき、おでこにあてられた母の冷たい手を思い出して、私はそっと目を閉じた。
「わあ! あぶない!」
声とともに私の右腕をぎゅうっと掴んだその人は、牧さんだったか、廣瀬さんだったか。
「どうかしましたか?」
「倒れそうになってました」
「ちょっと目を閉じただけなんですけど」
「その千鳥足で? 自殺行為ですよ」
お礼を言って体勢を立て直すと、牧さんはすぐ隣を歩き始めた。
「牧さん、二次会は? 幹事でしょう?」
「あとは若い人に任せました」
「老兵は帰るのみですね」
「はいはい」
「でも堀田さんは?」
「多分二次会じゃないですか?」
放っておいていいのかなー? と思ったけれど、私は敵に塩を送るほど人間ができていない。
……“敵”ってなんだ?
「もしよかったら、」
牧さんは左腕をモジモジと差し出した。
「掴まってください。俺が西永さんの腕を掴んだらセクハラになりそうなので」
「私が牧さんのこと嫌いだったら、今の発言だけでセクハラになりますけどね」
「え! そうなんですか?」
遠慮という言葉に修正テープを引いている私は、機能性とファッション性のバランスが取れた牧さんのダウンコートをぎゅうっと掴んだ。
コートの生地は夜風のせいで冷たく、体温なんて伝わってこないのに、あたたかみを帯びている気がした。
……もちろん気のせいだ。
「牧さん」
「はい」
他の話をするつもりだったのに、ずっと感じていた違和感がやはり気になる。
「やっぱりなんか変な感じがするので“廣瀬さん”って呼んでもいいですか? 仕事ではちゃんと気をつけますから」
「もちろん。俺は構いません」
いつもふわふわしている廣瀬さんは、ある意味普段から酔ってるみたいに見えるせいか、常と変わらない態度だった。