マイ・フェア・ダーリン
コンビニのイートインコーナーは、通りに面したカウンターになっていた。
私はそこに座らされ、廣瀬さんがホットコーヒーをふたり分買ってきてくれる。
「ありがとうございます。いただきます」
砂糖とミルクを入れると、廣瀬さんも並んでミルクだけ落としたコーヒーを飲み始めた。
「入部、断られてどうしたんですか?」
廣瀬さんは大きなひと口を飲んで、ふうっと息を吐く。
「毎日通って頼み込みました。『どうしても箱根を目指したい』って。それで、駅伝シーズンに入る前の十月までに5000m15分を切れたら入部が認められることになりました」
「切ったんですね?」
「九月の終わりに14分58秒13!」
にっこり笑ってピースサインを出した廣瀬さんに、私も声を立てて笑ってしまった。
「ギッリギリ!」
「本当に。首の皮一枚繋がりました」
目の前の歩道を、おじさんがひとり走って行く。
上下黒のジャージ姿とその体型から、昨日今日始めたばかりのダイエットだろう。
慣れていないその走りを、私と廣瀬さんは見送ってから顔を見合わせて笑った。
無事入部は果たせたものの、最初は練習にまったくついて行けず、チームメイトからも相手にされなかったそうだ。
鳴り物入りで入部した選手には、同級生であっても声を掛けられなかったとか。
それでも練習方法が合っていたのかタイムがどんどん上がり、三年生のときには学生三大駅伝の出雲と全日本は走れたのだそう。
「箱根は?」
「……直前でインフルエンザにかかってしまって」
廣瀬さーーーーん!
廣瀬さんは昔から本当に廣瀬さんだったんだな。
「間が悪すぎます……」
「その時は隔離されたまま新年を迎えました。だから翌年、箱根は出られただけで十分なんです。出られないチームメイトの方が多いですから」