マイ・フェア・ダーリン
なんとかかんとか仕事を納め、「あーーーーーー、つーかーれーたー」と実家のソファーに埋まっている間に、世間では白組が勝ち、新年を迎え、人々は走っている。
年始の風物詩、東京箱根間往復大学駅伝競走。
通称「箱根駅伝」だ。
廣瀬さんが憧れて憧れて、ついに夢を掴んだその舞台。
たくさんの人が彼のように憧れ、また沿道やテレビの前で熱狂している国民的スポーツイベント。
それはあの夜、廣瀬さん本人から話を聞いて、よくわかったつもりだった。
廣瀬さんも絶対観ているに違いないこの中継を、珍しく観てみたのだけど……やっぱりただ走ってるだけにしか見えない。
廣瀬さんが走っているわけじゃないから、いまいち感情移入もできず、半分瞼は下りていた。
「ごめーん。テレビ借りるよー」
箱根駅伝なんて絶対観てないと決めつけて、妹の陽菜はテレビ画面をゲームに変えた。
「ああ! 観てたのに!」
「うそー。お姉ちゃん、駅伝なんて興味ないじゃない」
どうしても、とチャンネル権を争う気力はなく、諦めてソファーに沈む。
「最近はもっぱらオンラインだけど、昔好きだったゲームってやっぱり面白いよね」
ゲーマーの陽菜は、古いゲーム機を取り出して戦闘機か何かのゲームを始めている。
「ねえ陽菜。我が家ってさ、誰も箱根駅伝観ないよね」
母は初売りに出かけ、父は友人宅で昼間から新年会に忙しい。
陽菜に関しては箱根駅伝どころか、甲子園もワールドカップも、オリンピックすら興味がない。
「あんな代わり映えしない画面観てて、何がおもしろいの?」
敵機を機銃で撃ち落としながら、廣瀬さんには聞かせられないセリフを吐く。
が、私もうまいこと反論できない。
「むむむむ」
ドッカンドッカン空母を攻撃する人間とは、真逆の世界だろう。
空母の破壊に苦戦しつつ、陽菜はつまらなそうに言う。
「そういえば、和紗は箱根駅伝大好きだよ。三が日は誘っても断られるもん」
「和紗ちゃんが?」
和紗ちゃんは、実家から数百メートル離れたところに住む、陽菜の幼なじみだ。
小さい頃から知っていて、私も一緒に遊んだこともある。
「毎年録画までして何回も観るらしいよ。あと、なんとか駅伝もなんとか駅伝も全部」
「出雲と全日本?」
「そうなの? お姉ちゃん詳しいね」
ダメージを受けながらもどうにか空母を破壊したらしい陽菜は、手を休めてマグカップのコーヒーを飲んだ。
私も飲もうかとキッチンに立って、ジリジリ音を立てるヤカンを見ていたら、ふっと思い付いた。
「ねえ! 和紗ちゃんに連絡取れない? 十年くらい前、湘和教養大学が初優勝したときの箱根の録画持ってないかな?」
陽菜は何も答えず、結婚式場にジャージで来ちゃった人でも見るような、怪訝な目で私を見上げていた。