マイ・フェア・ダーリン
4区まで終わっても澤南大がリードを保っている。
湘教大も悪くはないらしいけど、トップとのタイム差は広がっていた。

「湘教大、本当に優勝するの?」

結果はわかっているはずなのに、とても信じられない。
和紗ちゃんはにっこにこの笑顔で身をよじる。

「ここからなんですよ、この年の箱根は! 歴史に残る大会でした。私、湘教大の優勝を観て駅伝ファンになったんですから! このDVDも人づてに探してダビングさせてもらったものです!」

番組は選手へのインタビューを交えて進んでいくが、やはり廣瀬さんはほとんど映らない。
正直退屈で、私はベッドに寄りかかってコーヒーを飲んだ。
画面では必死に走る選手がいるのに申し訳ない。

「駅伝ってさ、何kmくらいから本気出すの?」

体勢と同じようにダラけた声が出た。
レースは相変わらず澤南大が圧倒的な差をつけていて、私なら走る前からやる気をなくしてしまいそうだ。

「本気って、ずーっと本気ですよ。もしかしてお姉さん、ゆっくり走ってると思ってません?」

……思ってる。いや、思ってた。
和紗ちゃんの言い方で、それが間違いだとわかったけれど。

「速い人ばっかりで走ってて、正面からの映像がほとんどなのでわかりにくいですけど、ものすごいスピードですからね! 時速20kmくらいです」

「時速20km……」

車だと時速20kmはのろのろ運転なので、速いのかどうか判断できない。
和紗ちゃんはあっさりそれを見破ったようだ。

「お姉さん、高校に通学するとき、メチャクチャ自転車こいでましたよね?」

「ええー、見てたの? やだー」

高校までは3kmくらいだったけど、毎日遅刻寸前でいわゆるママチャリで通学路を激走していた。
あの時期は太ももに筋肉がついて困ったものだ。

「時速20kmってあれくらいです」

「………………………」

「もしお姉さんが長距離ランナーにストーカーされたとして、自転車で激走して逃げても、彼らはそのペースのまま30kmくらいつきて来ます」

「自転車激走で30km……?」

「逃げ切れません。なので、長距離ランナーを敵に回さないように生きてください」

いやむしろ、追い掛けられる方法を教えてください!
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