マイ・フェア・ダーリン
ふたたび選手へのインタビューを挟んで、いよいよ復路のレースを振り返る。
『芦ノ湖、復路のスタート地点です。時刻は朝6時。気温はマイナス4度と非常に冷え込んでおりますが、選手を応援しようとすでにお客さんが集まっています』
レポーターの女性はダウンコートを着ても寒そうに、白い息を吐いている。
「うわー、寒そう」
「寒いでしょうね。路面凍ってますから」
朝日が昇って辺りが明るくなっても、スタートラインに立つ選手の息は白い。
アームカバーはしているものの、選手は当然、真夏と変わらない薄着だった。
『トップは楠島学院大学。復路はこの楠島学院大学が8時ちょうどにスタートして、昨日の往路の順位順に時差スタートしていきます。トップから10分以上離されたチームは、8時10分に復路繰り上げ一斉スタートとなります』
湘教大の長澤くんも楠島学院大から1分37秒後にスタートした。
画面で見ていても急坂であることはよくわかり、しかもヘアピンカーブの連続を勢いに乗ったまま駆け下っていく。
ほとんど“転げ落ちて”いく感覚なんだそう。
「これ、私だったら転ぶな」
「選手は、普通なら転ばないんですけどね」
和紗ちゃんが言った次の瞬間、先頭を走っていた楠島学院大の選手が転倒した。
黒く濡れて光っているように見えた地面は、一部凍っていたらしい。
すぐに立ち上がって走り始めた彼の走りに、私の目では変化はわからなかった。
『後藤の左膝、あれは……血でしょうか?』
『うーーん、少し引きずってますよね。この前の1kmが3分26秒ですから、ペースはだいぶ落ちてますね』
痛みを堪えて走る、その後方から三人が集団で迫ってきて、彼を一気に抜き去って行った。
その中に長澤くんもいる。
「この年は優勝候補筆頭と次点がアクシデントで倒れるという大波乱が起こったんです。そのせいで、優勝争いは全然わからなくなりました」
「“棚ぼた優勝”って批判されない?」
「確かにここまで大崩れするのは珍しいですけど、それでも誰も崩れることなく全員がベストパフォーマンスをするって、すっごく大変なんです。それをやってのけた湘教大は優勝に値します!」
和紗ちゃんは長澤くんのファンらしく、何かきゃあきゃあ言っているが、私はあまり聞いていなかった。
和紗ちゃんが言うように、ベストを尽くした湘教大の優勝は讃えられるべきだし、揺るぎない優勝だ。
それでも、アクシデントの影響かあったことも確か。
あの人がそのことを何も感じていないわけがない。