マイ・フェア・ダーリン

廣瀬さんがダウンコートを脱いでサポートのメンバーに渡し、中継地点に立った。
復路スタート時点では薄曇りで湿っていた路面も、この戸塚ではすっかり乾き、日差しも強くなっている。
その下で、サイドに淡い黄色のラインが入った瑠璃紺のユニフォームを着て、キリッと引き締まった顔にいつもの笑顔はない。

「何が中肉中背よ。筋肉の塊じゃない」

薄いタンクトップから出た肩のラインは筋肉で盛り上がっていた。
腕にも脚にも筋肉のラインが浮いている。

「当たり前ですよ。ランナーなんて体脂肪率10%前後ですから」

私の半分以下ーーーーっ!!!

とりあえず、手に持っていたマドレーヌを、そっとテーブルに戻した。

8区のランナーは苦しそうにあえぎながら襷に手をかけ、それを一度高く掲げる。
その姿を見て廣瀬さんは笑顔になり、飛び跳ねながら「りょーせー!」と名前を呼んだ。

『総合優勝に向けて湘和教養大学、二年の畑山涼成から四年の牧廣瀬へ、今トップで襷リレー!』

襷を受け取った廣瀬さんは、畑山くんの背中をポンッと叩いて走り出す。
ひろい空は真冬とは思えないほど青く、その中を走る廣瀬さんの姿は……すぐに画面から消えた。

「………………ねえ、全然映らないよ?」

走り去った廣瀬さんをカメラは追わず、中継所の映像ばかりが映されている。

「全参加校の襷リレーが終わるまでは、中継所がメインですね」

画面が変わったと思っても、

『戸塚から鶴見へ戻る9区は23.1km。序盤はアップダウンが続き、そこで力を使うのか温存するのか、精神的な強さも求められる復路の最長区間です』

それもコースの説明だった。

じゃあもうトイレタイムにしちゃおうかなー、と腰を浮かしかけたとき、唐突に廣瀬さんが映る。

『湘和教養大学の牧、1kmの通過が2分45秒です。追い掛けます志野原大学の矢代は1km2分44秒。1秒差を詰めています』

おだやかな光の中、廣瀬さんは淡々とゆったりジョギングでもするように走っている。
ショッキングピンクや蛍光オレンジなど、派手なシューズを履く選手も多い中、廣瀬さんのシューズは黒一色。
センスは悪くないはずなのに、とにもかくにも地味に落ち着く人らしい。
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