マイ・フェア・ダーリン
観客の密度が高くなって、みっしりとした黒山の人だかりが沿道を埋めている。
その目の前で廣瀬さんは淡い黄色の襷に手をかけた。
外すときに腕が髪の毛に触れて、飛び散った汗が日差しに輝く。
襷をぐるぐるっと右手に巻き付けると、まもなく大きく角を曲がって最後の直線に入る。
中継地点に立つアンカーが大きく手を振った。
『廣瀬ーーーっ! ラストーーーっ!!』
その声に反応して、廣瀬さんは右手を高く上げる。
最後は一段とスピードを上げたのか苦しそうにしているけれど、少し笑っているようにも見えた。
『四年の牧廣瀬、トップを守ってこの鶴見に飛び込んで参りました!』
廣瀬さんは最後の最後で、受け取りやすいように襷を両手に持ち替えて繋いだ。
『湘和教養大学、牧から金平へ、鶴見中継所トップで襷を繋ぎました!』
走り出す金平くんの背中と頭をポンポンと軽く叩いて送り出す。
「いいなあ。頭ポンポンされてる」
記録は1時間9分13秒。
走り続けるには長い時間だけど、何年も掛けた廣瀬さんの夢はたった1時間で終わってしまった。
はあはあ、と呼吸は荒く、上下する肩にタオルをかけられた廣瀬さんは、「お疲れ様!」「よかったよ!」という声に、ちょっと微笑んで右手を上げていた。
「ダイジェストに戻しましょうか」
声を掛けられて、ぼんやりしていたことに気づいた。
画面は澤南大の選手が襷を繋いだところで、そこには廣瀬さんより速い1時間8分24秒と出ていたけれど、私の目にはまだ廣瀬さんの姿が残っていて頭に入ってこない。
「あ、うん」
和紗ちゃんがDVDを入れ替えて情報番組に戻る。
編集された内容はやはり廣瀬さんよりも、後方で起きた繰り上げスタートと、シード権争いと、幻の区間賞に時間が割かれていた。