マイ・フェア・ダーリン
和紗ちゃんが持ってきてくれた雑誌にもあまり廣瀬さんは出ていなかった。
表紙に湘教大のゴールシーンがついていても、それは半分だけで、もう半分には澤南大が同じ大きさで載せられていたりする。
一冊だけ『湘和教養大学Wエース対談 志田隆人×牧廣瀬』という記事があり、
「おお! すごい!」
と食い入るように読み始めた私は、途中から笑い転げてしまった。
『━━━━━今年度を振り返って、どんなチームでしたか?
志田 故障者が多くてどうなるのか心配だった。夏合宿もうまくいかなくて、誰も走れないんじゃないかって思ったよね。俺自身故障して出雲には間に合わなかったけど、だんだん登り調子になっていけたのはよかったと思う。
牧 そうだったね。
志田 出雲での失敗が逆に発奮させたというか、「このままじゃヤバイぞ」ってみんなの目の色が変わったのがわかった。それがいい方に向かってくれて、全日本で手応えを感じることができた。
牧 出雲のあとみんなでお好み焼き食べに行ったりしたよね。』
「これ、“対談”じゃなくて“相づち”だよ」
廣瀬さんは別に無口なわけではないのに、緊張しているのか言葉数がかなり少ない。
志田くんの方は話し好きらしく、始終対談をリードし続け、このペースのまま2ページの対談は終わってしまった。
次のページには新主将のインタビューが4ページに渡って載っているのに!
「この記事、あとでコピーさせて」
やはり緊張していて、ぎこちなく笑う雑誌の廣瀬さんを、携帯でも撮っておいた。
決して武勇伝とは言えないエピソードのひとつひとつが、すべて“廣瀬さんらしい”。
活躍していれば「かっこいい」、そうじゃなくても「かわいい」。
私はこの人のどこも嫌いになんてなれない。
翌日放送されていた復路は、昨日いろいろ解説してもらったせいか、往路より楽しめるようになっていた。
たまに沿道を選手と一緒に並走する観客もいて、その必死の走りっぷりを見ると、いかにランナーが速いのかがよくわかる。
この速さで走っている廣瀬さんが見たかった。
世の中のたくさんの人が廣瀬さんのことを観ていたのに、私は知らなかった。
今さらながらそれが悔しくて仕方ない。
同時に、人々の記憶から廣瀬さんを消し去って、私だけのものにしたいとも思う。
9区を走るランナーの髪が風で後ろに流れている。
その風が、胸を高鳴らせて痛かった。