マイ・フェア・ダーリン
痛かったのが、ときめきのせいだけならよかったのに。
年一回しか食べないからとお雑煮を欲張ったり、陽菜が買ってきたお土産の最中がおいしくて欲張ったり、せっかく実家なのだからとあれもこれも欲張ったり……遅くまで居座って食べ続け、食べ過ぎで胃が痛くなった。
ついでに後悔が心も痛くする。
そういうわけで、自宅に戻ったときには夜十時を回っていて、さっさとお風呂に入って寝てしまおうと、バスタブにお湯を張りながら服を脱いでいたら、携帯が着信を告げた。
実家に忘れ物でもしたのかと、油断し切った状態でディスプレイを見て、あやうく落としかける。
『着信中 廣瀬さん』
飲み会の出欠確認のとき、連絡先を交換する形にはなったけれど、こんなことは予想していなかった。
「もしもし!」
『明けましておめでとうございます。牧です』
「明けましておめでとうございます」
『今大丈夫ですか?』と聞かれ、「はい。大丈夫です」と答えながら携帯を首と肩で挟んで、部屋着のパンツを穿いた。
『今日は、大学時代のチームメイトや主務と久しぶりに飲んできて、今帰り道なんです』
主務とはマネージャーのようなものらしいけれど、チームを裏方として支える重要な人だと和紗ちゃんは言っていた。
昨日観た情報番組にも出ていたはずで、その顔を思い出そうとする。
が、廣瀬さんばかり見ていたせいで、いまいち浮かばなかった。
数ヶ月前は全然覚えられなかったのに。
「私も観ました。箱根駅伝」
廣瀬さんの映像を観た、とは言えず、わざと事実だけ告げた。
『ありがとうございます』
「9区も観てました。長いですね、23km」
エース区間と言われるだけあって距離も一番長くアップダウンも多い難所だと解説されていた。
『終わって欲しくないと思ってました』
夢見るような声がした。
『楽しくて楽しくて、ずーっと走っていたかった。もっともっと走れた。あの23.1kmは、一瞬でした』