マイ・フェア・ダーリン
8区 史上最弱の作戦……さらに失敗
磨き抜かれた床は鏡面のように輝いているのに、それは隙間なく女性の靴によって踏み荒らされている。
床以上に光輝く“宝石”、“AKIRA Enjoji”のチョコレートを求めてのことである。
「前の人の靴のデザインとここの床、今夜の夢に出てきそう」
ため息に混ぜてささやくと、私のコートに顔を埋めて、園花ちゃんも苦しげうめく。
「あと少しですから、頑張りましょう!」
一応列は作っているものの、ぎゅうぎゅうに押し込められた店内では、床か天井を見ていないと他人の髪の毛に顔を突っ込みそうだった。
実際、私の前に並んでいる女性のコンディショナーが ……とってもいい匂い。
美容院で買った高いやつかなあ?
円成寺明良はベルギーを中心にヨーロッパで修行を積んだショコラティエで、数年前日本に店を構えた。
“和菓子のように繊細なチョコレート”と評判で、味へのこだわりはもちろん、ひとつひとつがうつくしく彩飾されている。
鳥を象り抹茶の粉でウグイスが描かれた“春告”。
花形のホワイトチョコレートにほんのりストロベリーとバナナで色づけされた“寒椿”など、ネーミングも日本的。
テレビや雑誌でも取り上げられていたから、私も淡いイメージくらいは知っていたけれど、実際足を運ぶことになるなんて思っていなかった。