マイ・フェア・ダーリン
そうして迎えたバレンタイン当日の始業前。
若さあふれる笑顔で、園花ちゃんが課長の机の前に進み出る。
「課長、おはようございます! これ、課員女子一同からです。いつもお世話になってます!」
コンビニで買ったというそれは、予算500円(桝井さん200円、私200円、園花ちゃん100円+税+買い出し)にしては高級感漂うラッピングがなされていた。
課長はほんのり恐怖を浮かべてその包みを受け取る。
「あ、ありがとう……ございます」
その言葉さえ最後まで聞かず、園花ちゃんは踊るような足取りで自席へ戻った。
「お疲れ様、園花ちゃん。はい、これ例のアレ」
「ありがとうございますう~!」
三個しか入っていないのに重厚感のある小箱に、園花ちゃんはいとおしそうに頬擦りをする。
「帰ってからが楽しみねえ。ワインも用意してるの」
桝井さんもリボンの色が違うその箱を、孫の頭であるかのようにやさしく撫でた。
旦那様と息子さんたちのチョコレート総額より高いワインを、自分用に買ったそうだ。
女なんてそんなものよね。
園花ちゃんもバッグから小さな袋を取り出す。
「これ、私が作ったセロリシフォンでーす」
園花ちゃんは時折奇抜なお菓子を作ってくれるのだが、無造作に課長の机にも置く。
「これは私から。いつもお取り寄せしてるんだけど、おいしいのよ~。あ、課長もどうぞー」
と、桝井さんもカレーせんべいを配り始めたから、もはや何のイベントだかわからなくなった。
「それでそれで? 優芽ちゃんはどんなの買ったの?」
興味津々で桝井さんが覗いてくるので、机の上にドカッと紙袋を置いた。
いや、紙袋自体はそれほど重くないのだけど、パッケージの重厚感と、何より値段ゆえに、実際以上に重さを感じたのだ。
「“AKIRA Enjoji”でこの量……」
桝井さんがおののく。
「しめて、9900円(税別)でした」
「いやあああああ!!」
桝井さんの悲鳴に、課長がぎょっとしたが、当然無視された。
「私のつまらない人生で、まさかあのセレブ買いを目にするとは思いませんでした」
園花ちゃんが感動にむせび泣く中、私は重い気持ちでイスに崩れ落ちる。
「これ、どうしよう……」
「どうしようもこうしようもないですよ。牧さんに渡すために買ったんですから」
「ちゃんと『好きです。付き合ってください。返事待ってます』まで、全部言うのよ! 逃げられないように、退路は塞ぐの!」
「なんですか? それ。イタチの捕まえ方か何かですか?」