マイ・フェア・ダーリン
心の準備とは、できるものではなく、するものらしい。
……と、後れ馳せながら気づいたのは、もはや退勤のときだった。
「今からでも配車の事務所行ってきた方がいいですって」
タイムカードを押して、すでに着替え終えた園花ちゃんが、さすがに心配そうに言ってくれた。
「それは無理」
配車の事務所なんて用事がない。
しかも男性ばかり。
中に入るだけで目立つのにこんな紙袋を持って行く勇気なんてない。
「番号知ってるなら呼び出したら?」
「それも無理です」
電話で呼び出すなんて、それだけですでに告白だ。
誤魔化しようがない。
「別に、告白なんてバレンタインじゃなくてもできますから」
バレンタインでさえ思い切れなかった臆病者が、何のきっかけもなしに告白できるわけがないけれど、私の落ち込みようを見て、ふたりとも指摘しないでくれた。
「課長」
一日眺めるばかりだった箱をドカッと課長の机に置く。
「代わりにもらってください!」
目に涙を浮かべ珍しく頼ってくる部下を、課長はあっさり振り払った。
「ええええ! 嫌だよ! 重いよ! 呪われそうだよ! 自分で食べたらいいじゃない!」
キャスターつきのイスをシャーーッ! と滑らせて、課長は背後のキャビネットにぶつかるほど後ずさった。
「自分で食べるなんて嫌ですぅぅぅ!」
さすがに同情したのか、課長はしぶしぶ机に戻る。
「お返しはひとり500円って決めてるから、値上げしないよ」
念を押して袋に手をかけたけれど、次の瞬間パッと表情を明るくする。
「あ! 下柳くん! ちょうどよかった。はい。うちの西永さんからチョコレート」